ヒーローになりたくて
悪夢のような未来を視るときはいつも雨の降る日だった。
「優美子先生は三日後に刺殺されます」
帰りのホームルームで声高にそう口にしたのは中学生の僕だ。
突拍子もない話を繰り出した僕にクラスのみんなは呆気にとられていた。
静かで真面目な雰囲気もあっという間に喧騒へと豹変する。
「あら、何を言っているのかしら?」
優美子先生はとても美人で愛想がよく誰からも好かれる存在だった。このとき向けられた笑顔も一切の曇りがなかった。
「簡単には信じて頂けないでしょうが先生の話です。……午後八時頃、その日は特に気をつけて下さい」
「いくらあたしが優しくても、言って良いことと悪いことがあります。流石に不謹慎ですよ」
優美子先生は優しく諭すように僕をなだめた。
あまりにも凄惨な未来を視てしまったから、こうする他なかった。優美子先生の鮮血が雨に流れる様子ははっきりと眼に焼きついて離れない。これは僕が変えなくちゃいけない未来だ。
しかし、周りは聞こえるか聞こえないかの声で僕を悪く言う。そりゃそうだ。唐突にみんなの大好きな先生の死を切り出されたら冷静にはいられない。信じたいとも思わないし、僕だって信じない。でも現実を僕は知っている。
みんなは遅れた時間の中に生きている。進んだ先に僕は居る。周囲をやけに暗く感じて、突き刺すような耳鳴りがした。おそらくとっくに理性を欠いていたのだ。次の瞬間ひとりでに口が動いていて僕は後戻りを許されなくなった。
「……伊藤先生」
男性教師の名前を出すと優美子先生はこれまで一度も見せたことのないような、眉間にシワを寄せた顔をした。
「伊藤先生は優美子先生のことを恨んでるんですか?」
「いい加減にしなさい!」
怒号が直撃して我に返る。途端、押しつぶされそうなほどの罪悪感を覚えた。
鉛のように固まった脚を渋々曲げて大人しく席につく。
「紘、それじゃ引いちゃうから」
刹那、張った声の横槍が飛んだ。
……彩葉だ。
「優美子先生、信じられないのは分かります。私だって最初はそうでした。……でも紘は決してでたらめで人を騙そうとはしません。少しで良いですから耳を貸してくれませんか」
彩葉は成績も上位にいれば運動もできた。信頼に重きが置かれた優等生だった。
僕はもちろん、彩葉が僕の肩をもったことに優美子先生も動揺を隠せないでいた。
「心にはしまっておきましょう」
しかし僕はまだこの事件が止められないと思っていた。
僕はその後伊藤先生に接触した。
「伊藤先生のしてることは不倫です。許されるませんよ」
伊藤先生の薬指にはシルバーリングがはめられている。それに優美子先生のホームルームでの様子は決定的だった。
「あの女と関係は持っていないぞ」
伊藤先生はやけに適当だった。
それにあの女呼ばわりしてどうでも良いみたいなその態度に腹が立って仕方がなかった。
「言いふらしますよ」
軽く僕は脅す。
正直、大人を見くびっていた。
きっと僕は殺人事件を止めてみんなから囃されるようなヒーローになりたかった。どうなろうが自己満足で終わってしまうのに。
それに僕の傲慢で盲目な行動で、優美子先生を滅ぼすきっかけが作られていることに気がついていなかった。
「宇和田紘だっけか。覚えたぞ」
三日後、努力虚しく優美子先生は殺された。
例え片田舎の出来事でも不貞関係にあった教師間で殺人が起きるとなればニュースでも報道される。
凄惨な未来を当てた僕は犯人に加担したのだろうと軽蔑された。
ヒーローではなく悪党に成り下がったのだ。机に落書きされたり、上履きを隠されたり、関係ないはずなのに警察から事情聴取を受けさせられたりもした。優美子先生という優秀な教師の喪失はあまりにも大きすぎたのだ。
そして僕だけでなく、あやはにまでもいじめの火の粉は飛んだ。
「お前のせいでワタシは全てを失った」
あやはは突然人が変わった。まったく別のアヤハが立ち尽くしていた。
詰め寄って胸ぐらを掴まれ、廊下に押し倒される。そのまま馬乗りにされて殴りつけられた。その場を通りかかった生徒は僕を無視していく。結局生徒指導の先生が止めに入るまで振り下ろされる拳が止まることはなかった。
「絶対に許さない」
その激しい慟哭は忘れられるものではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます