ふたりの君と

 一月も中盤に差し掛かり寒波の異常さはピークを迎えている。手袋、マフラーを脱いで昇降口で靴を履き替えた。


「おはよ」


 教室の前まで来るとあくびをした彩葉がパタパタと駆け寄ってきた。まだホームルームまではかなりの時間があるが優等生彩葉の朝は早い。


「風邪、引いてない?」

 

 温かい手の感触が額に乗った。


「大丈夫」


 憂いな首かしげに落ち着かなくなって目を逸らす。


「昨日のこと」


 まっすぐとした眼が僕を貫いて、時間がゆっくりに感じられた。

 その澄んだ空気と同じような容貌に思わず白いため息が漏れる。

「紘の言ったこと、百発百中なんだもん」


 何時間後に先生が怒るとか、雨が降るだとかちょっとしたことはもちろん、誰かが死ぬとかまでもが突然脳裏によぎることがある。

 僕は未来を予知できる。その能力に気づいたのは何年も前だった。


「彩葉が気負うことじゃない」


 あの未来は今もまだ明瞭な感覚で染み付いている。彩葉が大声を上げて僕の首を締めるあの温かい指先の感触、「さよなら」の声、狭くなる視野。

 何年も一緒に居る幼馴染に裏切られるとしても不思議と恐怖はなかった。遺書を書いておけば彩葉は罪に問われないんじゃないかとかそんなことばかり考えていた。

「私のことばっか」


 笑顔なのにその顔には含みがある。


「ごめん、キモかった」

「そうじゃない。紘は私と居ると死ぬんだよ」

「……」


 言い返せなかった。

 まがいのない事実だったから。


「……何日後か教えて」


 彩葉の声に明らかな震えが滲んでいた。


「三日後の日曜日だ」


 未来を視るとは不思議なもので、身体にその日付感覚が染み込む。無意識に壁掛け時計を見上げて、今一度納得した。


「そう……」


 昨日の大雨の帰路で僕たちは色々と思い出話をした。小学校のときからこうだったああだった、全部、その場の空気を紛らわせるために。

 そして未来予知を信用しきった彩葉の腐った呪縛を払いたかった。でも彩葉はいつもみたいに笑い飛ばしてくれなかった。じっと唇を噛み締めて足元を凝視していた。


「やっぱりもうひとりのワタシのせい、なのかな?」

「ああ、たぶん」


 彩葉の寂寥感に包まれた横顔が窓面に反射した。

 ──もうひとりの彩葉。

 それは僕もすぐにたどり着いた結論だ。

 彩葉は二重人格を患っている。時間によってこの純粋無垢な天使が形振りをまったく変えてしまう。

 すると突然、彩葉は意識を失ったように身体の力が抜けきりよろけ始める。


「タイミングやべぇよ……」


 正しく入れ替わるときの合図だった。

 すぐに正常さを取り戻したアヤハはパッチリと目を開く。張り詰めた緊迫感の中、僕は恐る恐る視線を重ねた。


「殺すぞ」


 勢いよく机を蹴り飛ばし、壁に拳をぶつける。怒りのはけ口がなくなるとどこかに走り去っていってしまった。

 普段とは想像もつかないような血気に満ちた姿がもうひとりのアヤハの正体だった。

 乾いた空気が肌を痛める。机の裏の冷えたところに太腿を当てて頬杖をついた。


「そっか、明後日には死ぬのか」


 妙に腑に落ちる感じがして気持ちの整理がついた。

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