強敵

 今年も領主の集めた精鋭が槍をきらきら輝かせながら行軍していく。今年は虎の子だという古代兵器を手にした貴族も三人従軍していた。領主の前で戦果を誓った彼らは鼻息が荒い。

 だが、彼ら相手に商売していた商人、出張娼館は送り出すと同時にいそいそ店じまいして引きあげてしまった。怖いもの知らず、後のないもの、領主の家宰に特に頼まれ損失は家宰経由でうめてもらうつもりのもの少数が彼らの帰りをまつ。そして引き揚げたものの場所にはかきあつめられた治療師たちが店を出した。

 毎年のことでみんな知っているのだ。戦いはいつも惜敗に終わり、ぼろぼろになって気持ちの荒れた兵士たちが戻ってくることを。

「どうして領主さまはあきらめないんですか」

 臨時治療院のテントをたてながらのほほんとした雰囲気の見習い治療師が師匠である院長に聞く。この二人は遠い山麓から領主の召命を受けてやってきた田舎者で、見習いの若者は従軍は初めてだった。田舎の治療師は大変で、若者の素性はともかくやってくれるというなら受け入れた。あの辺地に流れてくるような人間はどうせわけありだ。深入りはしない、それが辺境のルールだった。

「そら、金額ではかれないようなお宝があるからだろう。古代のな。領主さまの出兵はこの十年で六回目だが、ことごとく撃退されてもあきらめきれぬだろうよ」

「領主さま、ここ以外では負けなしですのにね」

 領主の軍隊は他では勝利を得て利権を奪い続け、敗北六回を重ねてもますます強力な軍隊を送り出せるようになっている。

「領主さまが攻略しようとしている古代の封印都市な。あれをものにすれば古代の秘術を手にいれて伝説の時代が一部なりとも再現できるそうだとみな思うとる。だが、守っとる魔物どもが強い。いつも惜敗だそうだ」

「ふうん」

 若者は首をかしげた。

 戦闘はこの時も領主軍の負けだった。 

 撤退してきた兵士たちは荒っぽくなっていて、場末の娼婦が乱暴に扱われて二人死に、治療院でも余計なことを言って殴られるくらいのことは普通に起きた。

 件の若者も数発ぽかりとやられた口だ。原因は余計なことを聞いたがため。

「おまえ、馬鹿なことを考えてるんじゃないだろうな」

 若者は封印都市と守護者について聞きたがっていたのだ。語りたがらない負傷兵も多いし、中にはいきなり乱暴になるのもいる。若者は何度も殴られてもあきらめる様子はない。

「師匠も一緒にきますか」

「とんでもないことを言いだすやつだ」

 どこにいくかは若者は言わなかったが師匠にはわかる気がした。

「なに、きっと大丈夫ですよ。よい土産も手にはいると思いますよ」

 土産は魅力的だな、と治療師は思った。土産話だけになるかもしれないけど、村の飲み屋で披露するのも悪くない。話にのってみることにした。

 領主の軍が解散になると、彼らは準備にもたついたふりを装って最後に野営地を出発した。師匠もおっかなびっくり、荷車をひくロバの手綱を握っている。

 このまままっすぐ帰ったらおこぼれ狙いの野盗にでもであったかも知れない。だから遅くなったことを口実に野盗どもがあきらめた頃合いに帰るという名目でさらに時間を稼いでから彼らは他のものとは反対のほうへ向かった。

 ぽこぽこと彼らは多数の轍の残る平原を逆に進み、新旧の戦場の遺棄物が散乱する合戦場をとおった。師匠はめざとくその中に値打ち物があったら飛び降りて拾い上げる。

「戦場あらしは打ち首ですよ」

「遠くで売ればばれるまい。薬と道具がどうもたらんでな」

 そろそろ、領主の軍と一戦交えた相手が見えてよさそうなところにきた。治療師はそれが見えたらさっさと踵を返すつもりだったのだが、どういうわけか戦場は無人でいつのまにか古代の町の門前についてしまった。巨大な塔が天空高く高くどこまでも伸びている。これが見れただけでもずいぶんな土産だと治療師は喜んだ。

 門の前にはたった二人というか二体の見張りがいるだけだった。領主の強固な軍を苦しめ、撤退させた強盛な軍はどこにも見当たらない。それどころか、町の中にも人けがあまりにも少ない。

「こんにちわ」

 ひるむ師匠をしりめに若者は見張りに挨拶した。この二体は毛皮の貫頭衣を鎧がわりに着て、粗末な石槍をもっただけの赤いでっぷりした毛のないのと、青くひょろひょろの対象的な二人組で、額に短い角が生えていてでこぼこの多いあまり美しいとはいえない顔をしていた。若者の挨拶に彼らはごく気軽に「こんにちわ」と応じた。

 見ずに聞いたら、田舎の農夫が挨拶を返しただけで通じそうな声だ。

「二人いるんだが、はいっていいかい? 」

 門番は若者と、なにより治療師をじっと見た。彼は愛想笑いを返した。それ以外に何も返せるものはなかった。この魔物たちは健康なのかな、どうなのかな、話が通じるなら彼らのすむところで治療師ができるのだろうか。治療師はそんなことを考える。

 赤いほうが少したじろいだ。青いほうはおもしろそうに前のめりになっている。

 二人は顔をみあわせ、うなずいた。

「かまわないよ」

 唖然とする師匠をのせたまま、若者はロバをすすめて車ごとなかにはいってしまった。

「なんで、なんでこんなに簡単に入れる。封印都市じゃないのかい」

 彼らが見回すと、古代の町には人けがまったくなかった。建物が壊れかけているが補修の様子もない。だが、建物の中にはいるとあちこちで光がかがやき、その下で師匠は一度だけ領主が自慢しているのを見たことがあるゴーレムが何体も忙しそうに走り回っていた。

「こりゃあ、とんでもないとこだな」

 治療師はびっくりきょろきょろする。若者はそんな師匠をじっと見た。彼を拾うまで、この人は田舎で怪我の手当をしたり、病気の薬を調合したり、時には出産を助け、時には手術も行ってきた。田舎ではなんでもかんでもやらないといけない。何人にも死なれたし、その何倍もの人に恨み言を言われたし、時には毒薬の調合などという物騒な依頼をされたこともあった。

「どうです師匠、ここの主になってみませんか」

 若者は楽しそうに楽しそうにそんな提案をした。

「わしが? 」

 とんでもない。治療師はかぶりをふった。そんなことをしたら領主に殺されてしまうだろう。

「そんな面倒は若いもんがやればよかろう」

 若者はあいまいに笑ってかぶりをふった。

「僕はだめです。今ここにいるもので資格があるのは師匠だけですよ」

「わしゃあ、ただのしょぼくれた治療師だ。腕もそんなによくはない。ついでに野心といえばちょっと楽してくらしたい程度の小さい人間じゃ」

「だからいいんです」

 師匠はじっと弟子の顔を見た。この弟子はまだ一年ほどの付き合いで、行き倒れてたのを拾って以来の関係だった。その身の上はもちろん詮索していない。治療師にだって詮索されたくない事情はある。辺境のお互い様だ。

 深く考えることを彼はやめた。伝説では大層繁栄した古代には、人に酷似したゴーレムもいたという。領主自慢のゴーレムも、今回持って行って結局勝利に貢献できなかった古代兵器もそんな昔の品物だ。人に似ているといいうのを顔だけと勝手に解釈していたが、そうではないかもしれんと治療師は思った。

「一つ教えてくれんか」

「なんなりと」

「なぜ領主の軍は勝てない? 」

「誰しも自分自身にはなかなか勝てないものです」

「おぬし、何かしたか」

「僕は何もしてませんが、あそこに鏡がおいてあるのは気づきました」

「鏡とな」

「物のたとえです。正直、師匠があそこを通れるとは思わなかった。だからここの主に推薦しようかと」

「鏡とな」

 師匠は考えた。そして決断した。

「わしはすごい欲張りだがよいか」

 若者は微笑んだ。

「お手伝いしますよ」

「よかれとしたことでも感謝は決してされまい。それでもよいか」

「大変結構です」

 これは、と治療師は思った。

 とんでもない強敵だわい。できんとあきらめておったことをやらされる。それは確信に近い直感だった。

「軍を出して蹴散らされるほうがまだ気楽かもしれんな」

 治療師はため息をついた。

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