勝手口ファンタジー

@HighTaka

メントロピー

 人里を遠く離れたところに秘密の研究所があった。

 金にあかせて作られたぜいたくな設備では大勢の研究員がひそかに働き、世間には知られていないがきわめて重大な成果をだしている。

 その成果は国家の役にたつもので、だからこそ研究所は隠匿されている。

 その研究所のさらに片隅でさらに秘密の研究がいま完成しようとしていた。

「うはははは、ついに完成しましたぞ。実験結果はこの動画をごらんあれ」

 何日も風呂にはいっていないこと請け合いのぼさぼさ髪、一張羅で油じみだらけの白衣の博士が研究所のオーナーで国内最大の資産家でもあるD氏の前で動画の再生を行った。

 動画はカメラ付きの有線ドローンが撮影したもので、まるでディストピア小説の舞台よろしくすすけた町並み、汚い空、汚染された水がうつっている。

 だが、ドローンを物珍しげに見る人々の目にはみな輝きがあった。

「すばらしい。ブラボー、さすが博士だ」

 老紳士D氏は手を叩かんばかりに賞賛した。

「心のエントロピー、メントロピーとでももうしましょうか。そちらはどう思われましたか」

「十分だ。もういけるかね」

「もちろんです」

「では早速頼む」

 D氏は力強く促した。そのズボンを突き破ってとげのあるしっぽが飛び出し、背広の背中を破って皮の翼が出た。

「ようやく飢えを満たせる。頼むよ博士」

 D氏、いや悪魔は勇躍、希望に満ちた世界を食い荒らすために去った。

「終わりました。我々のメントロピーを食い荒らした悪魔の追放に成功しました」

 博士は部屋の大きな姿見に語り掛けた。これはマジックミラーだった。

「これで我々に希望は戻るのだろう」

 鏡の向こうから声がした。マイクをいれたのだろう。気配は複数ある。

「そうですな」

「あれを追放した先が不幸になるのはいたたまれないな」

「大丈夫です。あれにはほとんど何もできません。あの動画は加工です。そっちのほうが大変かと思いましたぞ」

 それに、と博士は思った。

 現在の社会の仕組みは悪魔の作り上げたもの。それにのっかっている間は無理だろうなと。

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