第4話 偽話創作
「ずいぶんと古いもののようだが」
「これは小説だ」
若い男は視線を机の上に落としたままそう言った。小さな声だった。
「なんだって?」
「このファイルは小説だよ」
顔を上げた男は語気を強めた。その目にじっと見るうちに本屋は気づいた。よくいる山師の目とは少し違う。山師の目にはファイル探索への情熱と同時に、それとは別な薄い膜が張り付いているものだ。欲という名の膜だ。この男の目にはその膜が感じられない。悪い人間とは思えなかった。ただ、男のいう「小説」の意味は掴めないでいた。
「ねえ。『しょうせつ』だなんて、ぼくは聞いたこともないな。この店に持ち込むくらいなんだから、知識のファイルなんだろうね。それ以外のファイルはここじゃお断りだよ。もっとも、むかしの金属に関する情報が記録されたファイルなら、ぼくに譲ってくれないかな。こう見えて金物屋をはじめて長いんだよ。さて、いつからこの店をやっているんだったかな――」
「それはいいんだよ、金物屋。いまは彼の話を聞こう」
本屋が自分の持ち込んだファイルのことを知らないようだと分かった男は、少し残念そうな顔をしていたが、これは小説といって遠い過去に記述された創作物だと説明をはじめた。
「創作物……? かつては知識を創作していたということか。知識というのは事実の集積だろう。事実は事実だ、なにものかが作り上げることはできないはずだが」
「小説は、単なる事実の集合体ではない。人々に娯楽を供するための創作された物語だ」
「創作された物語――作り話ということか?」
到底信じられないことだと本屋は驚いた。
「それはおかしいよ。頭の良くないぼくにだって分かる。作り話は良くない。偽物だ。そんなものが接続されていたら、本物の事実と偽物の物語とを取り違えちゃうよ。【Book】から切り離されたのも当たり前だ」
「なにかの間違いではないのか? 娯楽と言ったって、そんなことがわずかでも娯楽となるとは思えない。それともこのファイルが作られた当時の【記述者】は作り話を創作する仕様になっていたのか」
ネットワークのすべてを規定している【記述者】が事実でないことを作成・記録するなど聞いたこともない。そのような無駄な作業によって【Book】に負荷をかけるなど信じられることではなかった。
「このファイルを作成したのは【記述者】ではない」
「ちがうって? じゃあなにが」
「この小説を作ったのは、人間だ」
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