第3話 山師往来
一度は不要なものとして廃棄されたファイルなのだ。わざわざ本にしてまで再び【BooK】に接続する必要があるのだろうか。
「ある」
男はその暗い瞳に強い意思をみなぎらせて、そう答えた。
「そんなこと言ったってさ。この煤ぼけたのはどう見たってデブリじゃない。デブリっていう言葉の意味を知ってる?『ゴミ』っていうことだよ。捨てられたファイルなのさ。ぼくもね、役に立たずって女房に捨てられたんだけどね――」
口を開くたびに、話が別の方向へ逸れてゆく金物屋を黙らせる。
「ともかく――」
大きなリュックを背負って、足元はごついブーツでがっちり固められている。本屋の見るところ、この若い男は山師だった。【Book】の各【Page】に打ち捨てられたままになっているデブリファイルの山々を巡り歩いては、まだ使えそうなファイルの鉱脈を探し出し、採掘する男たちのことである。
デブリファイルは不要と判断され、切り離されたアプリケーションプログラムの断片だ。【記述者】によってコンピュータ・ネットワーク上に【Book】が構築されて数世紀。長い時間が経過するうちにそれは途方もない量となっていて、各【Page】周縁部に山のように積み上がっていった。その中には既に【Book】では失われ、貴重なものとなった技術や知識、骨董価値のある美術品や換金可能な通貨まで含まれていることがある。
こうした「使えそうなファイル」の鉱脈をデブリの山から探し出し、採掘するのが山師の仕事だ。ひとたび有用なファイルの鉱脈を探り当て、それをふたたび【Book】に接続し直すことができれば、莫大な富を手にすることも夢ではない。そうなれば、こんな低層の【Page】などではなく、上層階の住人となることも可能だ。
しかし、山仕事に金と時間をつぎ込んだ挙句、めぼしいファイルを探し当てられなければ、【Book】の最下層に身を落とすことにもなりかねない。「一山当てる」というがまさにその通り、山師はのるかそるか、博打のような生き方を選んだ男たちなのである。
山師たちは、デブリの山から採掘したファイルが知識のファイルであれば、本にしてもらうために本屋に持ち込む。技術のファイルであれば鍛冶屋に持ち込むし、換金したい時は質屋に持ち込む。若い男が本屋に持ち込んできたこのファイルは、おそらく知識にまつわるファイルなのだろう。しかし、このとき男が持ち込んだものは、長い間この仕事をしてきた本屋も見たことがないくらい古いふるいファイルだった。
「いったいぜんたい、このファイルはなんなんだね?」
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