窮極合体KKK 2022

梶野カメムシ

eternal prologue



『──諸君、《パンスペルミア説》を知っておるかね?』

『どうだっていいね』

 通信越しの問いにそう断じると、男は大口を開いて欠伸した。

 地平線まで続く森林地帯。飛び過ぎる鏡のような湖に、男の駆る戦闘機が映る。その醜怪なシルエットが。

『こっちは絶賛寝不足で、長距離飛行中ロングフライトなんだよ。

 どちらも貴様のせいでな……

 余生を終えたくなければ、その口を閉じておけ』

『ソレ、どっちもカッちゃんのせいだと思いますケド』

 通信に割り込んだのは、少女の声だ。

『ウクライナは遠いから、転送装置を作ったのに。

 カッちゃんだけ嫌がって、飛んでくことにしたんじゃないデスか。

 ホウちゃんも三城さんも、とっくに着いてヒマヒマですヨ』

 モニターの一角に映るのは、短髪ショートの女子中学生だ。明るい笑顔は太陽のようだが、鋭い指摘は北風のように手厳しい。

『黙れ、兎月とつき! 《ザ・フライ》を知らんのか?

 伽藍堂がらんどうが徹夜で作った転送装置なぞ、怖くて使えるか!』

 純白のスーツを着た男が吠える。操縦室には場違いすぎる服だが、これが男の一張羅である。親の葬式でも着替えないだろう。

『大丈夫でしたよネー、三城さん!』

『うんまあ……一応』

『フン。あの映画でも、症状は遅れて現れたものだ。

 後からハエ男になっても後悔するなよ、三城さんじょう──クックックック』

『おおお、脅かさないでくださいよ、火畑さん』

 モニターのもう一角で怯える、眼鏡の青年。大学生の三城は常識人だが気が弱く、火畑の格好の玩具おもちゃだ。

 火畑 勝貴、三城 京一、そして兎月 たから

 この三人が、合体式人型兵器KKKトリプルケイのチームである。

『それより、睡眠不足はどうしたんですか?』

『クックック……よくぞ聞いた、三城』

 火畑は邪悪な笑みを浮かべた。

『昨夜、大阪で起きた群発地震は知っているな?』

『あ、はい。うちは揺れなかったですけど。

 もしかして……地震のせいで寝不足なんです?』

『その通りだが、問題はそこじゃあない。

 ──貴様にもう一つ訊こうか。

 基地を出る前、通路に置かれたスクラップは見たか?』

『あ。何かありましたね』

 湿気のこもる地下通路に鎮座した巨大ジャンクを、三城は思い出した。

『グシャグシャ過ぎてわかりませんでしたが、事故車か何かです?』

『あれは、ベッドだ』

『……え?』

『クックックッ……いい反応だ。

 では最後の質問をしよう。

 伽藍堂とジェニファー……あの二人、どこで寝ていると思う?』

 プロフェッサー伽藍堂は、KKKを開発した天才科学者である。老齢でありながら天才的頭脳と超合金の肉体を併せ持つ。

 後楽院=ジェニファーもまた、若くして彼に伍する天才女流博士である。かつて伽藍堂の助手を務め、恋愛関係になるも破局。その後、私怨から自衛隊の顧問となり、人型兵器《普賢象》でKKKに挑むも、敗北に至る。

 紆余曲折の末に二人は和解し、よりを戻した。

 自衛隊を辞めたジェニファーは、伽藍堂の住む地下基地に迎えられ、助手兼副司令の立場にある。

『三つの事実から導かれる結論は、ただ一つ!

 群発地震は、こいつら怪物カップルの※みたいな‰℃#で』

「えっ、何がですか?」

 肝心な部分がノイズで聞き取れない。偶然にしては出来過ぎなタイミングだ。

『──貴様だな、兎月。

 いつものか……何のつもりだ?』

『三城さんには、ピュアなままでいて欲しいデスから』 

『おまえは保護者か!』

『カッちゃんはバイ菌デス!』

『えっなに? 何の話?』

『小娘の戯言に耳を貸すな! 大人になれ三城!

 素晴らしいぞ大人は! 金! 女! 権力! 何だって手に入る!』

『そこまでよ、ミスター火畑』

 勢いづく火畑を遮る、凛とした声。

 話題の副指令、後楽院=ジェニファーである。

『任務中に下品が過ぎるわ。

 同僚のプライバシーを笑うなら、せめて陰口にしなさい』

『フン。生憎だが、オレはあんたを仲間と認めていない。

 裏切者は何度でも裏切るからな……!』

『それは別に構わないけれど。

 昨日、転送装置を仕上げたのは、教授じゃなくて私よ。

 教授は別の仕事で忙しくなったから』

『わしらの愛に耐え切れる、最強のベッドが必要じゃからな』

『素敵……』

『なっ!?』

 並みならぬ新婚の波動に、戦慄する火畑。

『クッ……だからどうした?』 

『まだ、わからない?

 KKKを構成する三機を、装置に紐付けしたのも私。

 当然よね。転送は帰りにも必要だもの。

 つまり貴方の乗る《C=ウイング》は、私の指一本でいつでも転送できる。

 戦場と化したウクライナ……さぞかしハエも多いでしょうね』 

『チョーシこきました──ッ!

 無礼をお詫びします! どうかカンベンしてくださいッ!』

『裏切者は何度でも裏切る……だったかしら?』

 艶然と微笑む、緋髪の美貌。

 歯噛みする火畑を横目に、三城と兎月も思わず笑ってしまう。

『ところで、さっきの《パンスペルミア説》って何ですか?』

『簡単に言えば、『生命宇宙起源説』じゃな。

 生命の素は、地球外からもたらされたとする仮説じゃ。

 わしの興味は、持ち込んだのは誰かということじゃが』

『神……とかですか?』

『フッ。鈍いぞ三城。伽藍堂が言いたいのはな。

 俺たちがブッ壊して来た奴らが、じゃねえかってことだ』

『あっ……!』

 数年前から全世界に出没する、巨大人型兵器。

 圧倒的戦力を誇りながら、何故か彼らは人を傷つけず、時には奇跡のような救済を行う。

 上海に現れた人型兵器は、神秘的な光で都市封鎖された病人を癒した。ウクライナの人型兵器は、ロシアの侵略から首都を護り続け、軍神と崇められている。

『地球という畑にを撒いたのが、彼らだとすれば。

 人を攻撃しない行動原理にも、ある程度は説明がつくわね』

『そ、それじゃ、ぼくらは創造主と戦って……』

『あくまで仮説からの推測よ。

 ただ、その気になれば、彼らは神にも悪魔にもなれる。

 だから伽藍堂教授は、KKKを作り、戦い始めた。

 私は教授を信じるわ。二度と疑ったりしない』

『それでこそ我が妻じゃ』

 酒を干したように赤くなるジェニファーを無視し、火畑が言う。

『何度も言わせるな──どうだっていい。

 子供の喧嘩に親が出るなら、神だろうが叩き潰すまで。

 地球は人類オレのものだ──の出る幕はない』

『でも……』

 道路も鉄道も破壊された首都の惨状を前に、三城は割り切れない。人型兵器を倒せば、戦火はまた広がる。助かるはずの命が失われる。

『ロシアの人が引いちゃうくらい、派手に暴れるとか、どうデス?』 

 兎月らしい提案に、三城は顔をあげた。

『……いいかもね』『ハイ!』

『──見えたぞ、キエフ!

 おまえら、合体の準備はいいかッ』

『はい……行けます!』『おそ過ぎデス!』

『うるせえ! 行ィッッくぞ、三城、兎月ィ!!

 KKK──クラッシュ・コア!』

 突如、上空に暗雲が立ち込めた。

 起立する軍神を前に、群舞するゴキブリ、クモ、ミミズの巨大機虫。

 逆Vの字に倒立したミミズを縦軸に、残る二匹が急降下する。

 各腹部に発現する漆黒のコア。轟音が耳を聾し、三つのコアが激突する。

 機虫の塔を、闇色の霹靂へきれきが貫いた。

『バルサンパワー、マキシマム!』

 弾けるスパーク、地を揺るがす鳴動──そして。

『KKK──フレィム・アァァァァップ!』  

 一つとなった影が、異形の神に変貌する。

 ゴキブリの脚は三本爪の腕に、黒い羽は肩部装甲に。クモは胴体に、ミミズは円柱状の脚に。最後に触角の下に現れたバイザーに光る、真紅の双眸。

 今──破壊の化身が、ウクライナの地に降臨した。



            窮 極 合 体 K K K

               2022



『さあ──を始めるか』




                       




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窮極合体KKK 2022 梶野カメムシ @kamemushi_kazino

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