六等星の双子座.mp4

白江桔梗

六等星の双子座.mp4

「昔は人の営みなんてちっぽけで、夜は月と星だけが彩っていたんだとさ」

 信じられるかと言わんばかりに、愛らしい瞳で君は見つめてくる。それに私はこくりと頷く。

「叔父が天文学者でさ、よく天体観測に連れてかれたんだ。『こんな都会じゃ星が見えない』ってさ。色々星座にまつわる神話を聞かされたもんだよ。……アタシ、小さい頃はキラキラ輝く星になりたいなんて言ってたらしいぜ? ははっ、んなもん願わなくてもなれるっていうのに」

 君はそらに手を伸ばす。捕まえられもしないのに、天高く掲げ、ギュッとこぶしを握りしめる。質量のある息を吐きながら、君はこちらに向き直る。

「聴くか?」

 音が流れるジェミニの片割れを君は差し出す。なんの抵抗もなく、いつものように私はそれを耳につけた。

 ……懐かしい音がする。何度も聴いた思い出の曲。聴いていなくたって、いつも頭に流れている。

「こんな綺麗で残酷な歌詞、どんなもん食ったら思いつくんだろうな」

 私は真面目に考えた。いつものように、ぽつりとつぶやく。

「「彗星……いや、流星……とか……?」」

 彼女は大きく口を開けて笑う。この闇を全て吸い込んでくれそうなほど、大きく。

「ああ、アタシはそういう考え好きだぜ、命の終わりに価値を見い出すとこ。いかにも人間っぽくてな」

 散々笑った後に、しゃがみこみ、大事そうに膝を抱える。

「まあ、もう誰も宙なんて見てないけどな。それに都会じゃ星が見えないなんて、嘘だ。その証拠に、仰げばこんなに光ってるじゃんか。誰も見ようとしないだけさ」

 諦めがこもったような眼で彼女は地上を見下ろす。地上ではスマホ片手に人々が行き交う。液晶を舞台にした指のタップダンス。きらびやかな明かりを身にまとい、飽きずに何度も何度も踊り続ける。

「見てな、あの男と女」

 彼女の指さす先には、その『地上の星』に魅入られた小惑星が二つ。星と星は引かれ合い、あっさり衝突した。

滑稽こっけいだな。上ばっか見てたら足元すくわれるなんて言うけど、下ばっか見てても、こうなっちまう。最も、前を向いて歩け、なーんて言葉、大っ嫌いだけどな」

 あざけるような態度、彼女は自分という生命体の仕組みを理解していた。打つ手などなく、もう何もかもがどうにもならないこと、明確な終わりをその身に抱えていること、それらを正しく把握してしまった上で、彼女は生きていた。

「「次はいつ、ここで会えるかな……」」

 か細く、今にも消えてしまいそうな声に応えるように、笑みを浮かべながら君は言った。

いつでも会えるさ」

 生まれ変わり、なんて信じていないけれど……ああ、もし、もしも次の君がどれだけはかなまたたいていても、私だけは絶対に見つけてみせる。他人の眼にも煌びやかに輝くならば、早く見つけて、誰にも取られないよう、宝石箱にしまってしまいたい。独占欲にも似たことをぼんやりと考える。

「アタシもだよ」

 全てを見透かすような眼で、君は優しくつぶやく。金の絹糸がさらさらとたなびく。君の大好きだった双子座の神話を思い出しながら、画面の中で瞬く君を、もう触れることもできぬ君を、指でそっとなぞる。

 真夜中の密会、名も知らぬ君。次の約束もせず、お互いこっそり抜け出した病室も、今やただの想い出だ。

「君と六等星の双子座ジェミニになれたらいいのに……」

 クリーム色のカーテンが揺れるだけで、君の顔が浮かぶ。君はもう星になってしまっただろうか。私は布団を被って瞳を閉じる。だって、もうすぐ夜が明けてしまうから。

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