第6話

 部屋の真ん中では、二体の『大人』がみっともなく揺れる体を絡めあっていた。八本の触手はデロデロと絡まり、お互いの体を弄り合っている。

 時々、掠れた囁き声が交わされる。

「ケスト、ケスト、ム、ラ」

「レアクス、ルラジュル」

 今思えば、あれは淫語の類だったのだろう。施設には未成年の子供しかいなかったから、僕らにはそういった知識が全く与えられなかった。二体の『大人』は、触手の先から垂れる粘液をお互いに塗りつけ合い、ダブンと大きな水音を立ててお互いの体を深く擦り付け合った。

 その様子はとても悍ましかったが、それよりもさらに悍ましかったのは――僕らが探している少年が絡み合う触手の真ん中に吊るされていることだった。

「ヨッツ……」

 思わず叫ぼうとしたネミュアの口を、僕は塞いだ。

 ヨッツェムはもう生きているようには見えなかったし、だからといって死んでいるわけでもない様子だった。

 彼は触手の真ん中に吊るされて四肢はすっかり伸び切ってしまったかのようにだらんと垂れ下がっていた。だけどその顔は目を見開き、涎を垂れ流しながらヘラヘラと笑っていた。そんなだらしない表情をした人間を見たのは、後にも先にもこれ一回きりだ。

 ぬるんと大きく波打った触手が一本、ヨッツェムの口に捩じ込まれた。それでもヨッツェムはだらしなく笑っていた。

「ファンドレイスバ、レクストス!」

 一際大きな喘ぎ声が響いて、『大人』の一体が身をよじった。触手の付け根がボコンと卵形にせりあがり、その塊は触手の中をゆっくりと上ってヨッツェムの口に流し込まれた。だらしなく垂れ下がっていた体は大きく痙攣して、ヨッツェムの腹が卵の体積分、ボコンと膨れ上がった。

「グヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

 笑い声に似た悲鳴がヨッツェムの口から上がったが、それは苦痛という意識あってのものではなく、気道を押し広げられたことによる反射によるものだった。

「ヒィッ!」

 ついに堪えきれなくなったのか、ネミュアが悲鳴を上げて走り出した。

「あ、ばか!」

 僕の言葉よりも早く、通路の真ん中に飛び出して、無数の靴跡を踏み散らかすように、一目散に――そして、唐突に立ち止まった。

「あ」

 短い断末魔と共に、ネミュアの首がポトリと落ちた。首を失った胴体から血が噴き出すまでに、ほんの一瞬の間があった。

「ふっ、ぐっ」

 上げかけた悲鳴を無理に飲み込んで、僕は通路の壁に縋りついた。そして、足音を立てないように、まるで壁を這うようにゆっくりとその場を離れた。あまりにも必死だったので、その後のことはよく覚えていない。気がつくとあの、階段下の扉の前までたどり着いていた。

 僕はそのまま自分の部屋には戻らず、施設から逃げ出した。実際、何か特別な警備がされているわけではなく、施設から出るのは驚くほど簡単だった。

 ――人間は虫籠に鍵をかけたりしない。

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