第4話
「うっ、くっ」
思わず目を閉じて、それからゆっくりと目をひらけば、眩しかったのは真っ白に塗られた壁と天井のせいだということがわかった。
きっちりと正方形に掘られた、長い長い通路――それはさらに地下に向かって緩やかな下り坂となっており、先がどこまで続いているのかわからないほど長く、深く続いている。コンクリートでかっちりと固められた壁や天井は真っ白く塗られていて、少し強めの白熱灯に炙られて眩しい。
何より恐ろしかったのは、それが見える範囲には扉ひとつない、ただ真っ直ぐなだけの通路だったという事だ。もしもこの通路の途中で何か恐ろしいものに出会っても、逃げ出すための出口はここしかない、そう思うと足がすくんだ。
ところがネミュアは呑気なもので、僕の横をするりとすり抜けて通路の真ん中へと躍り出た。
「よし、行こうぜ!」
のちに彼はこの浅薄を後悔することになるのだが――そんなことも知らず、ネミュアは意気揚々と歩き出した。僕は慌ててネミュアの後を追って、彼の耳元で囁いた。
「やっぱり、やめた方がいいんじゃないか?」
ネミュアは、僕の忠告なんて気にもとめなかった。
「ヨッツェムに会いたくないのかよ」
「会いたいけどさ……」
「待て、これだ」
ネミュアはこれもやっぱり真っ白に塗られた、コンクリートの床を指差した。彼はここに入ってからずっと、床にうっすらとついた無数の足跡を眺めていたのだ。
「これ、まだ新しい。サイズもちょうど16センチだし、ヨッツェムがいつも履いていたスニーカーの後で間違い無いと思うんだ。ヨッツェムは歩いてここを通ったってわけさ」
ネミュアは片眉を上げて僕を見上げた。そして「さ、どうする」と言った。
靴跡は他にもたくさんあって、それは全て通路の奥に向かっていた。戻ってくる足跡はひとつもなかった。
「つまりさ、向こう側にも出口があるんだと思うんだよね」
ネミュアがいうのには、この通路の奥に噂の『応接室』があって、養い親はそこで手続きを終えたら、養子になった子供と一緒に『向こう側の出口』から出るのだろうという、いかにも理にかなった自説を語った。
「だってさ、養い親が決まって浮かれている子を、まだ養い親すら決まっていない子供たちの羨望の眼差しの中歩かせるのって、残酷だと思うんだよ、だから、配慮なんじゃないかな」
なるほど確かに理屈は通る。それでも僕は、戻ってくる足跡がひとつもない床が、どうしても気になって仕方なかった。
「そうなのかもしれない、でもさ、そういう理屈じゃなくってさ……」
ネミュアを説得するに足りる理屈なんて、ひとつも思い浮かばなかった。僕は泥色をした足跡の一つを、靴の先で突きながら俯いた。
「わかったよ、君のいう通りっぽいと、僕も思う」
「なんだよ、スッキリしないって顔だなあ」
「だって、そこにヨッツェムがいるとは限らないじゃないか」
「う〜ん、まあ、そうだね、もう向こうの出口から出た後かもしれないからね。でも、ヨッツェムのことだから、絶対に何かメモとか、ヒントとか、そういうのを残してるはずなんだって」
「もしそうだとしてもさ、だったら、僕らが引き取られる時まで待てばいいんじゃない? そうしたら、こんなコソコソしなくっても、普通に『応接室』に行けるはずだし」
「やだよ、待ちきれないもん」
ネミュアはもう歩き出していた。それで僕も仕方なく、彼について歩き出した。
彼はあくまでも楽天的だった。
「見つかったら、そりゃあ怒られるかもしれないけどさ、そのくらいは俺も覚悟の上だって!」
「そんなことじゃない」、そう言いたかったけれど、僕は胸の内にある不安の正体をうまく言語化できずに、ただ、黙って歩いた。
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