第5話



「3000万だ」


「さ、3000!? 3000万リルが入りましたっ! 他に入札する方はいませんか!?」


 さっき2000万で決まりかけた男性は、いきなり3000万になり金が足りなくなったのか、ぐぬぬぬ……、と口元を歪め唸る。

 

「いませんね!? 決まりましたっ! こちらの黒い髪に黒い瞳が珍しい人族の女性は、そちらのお客様が3000万リルで落札されましたっ!」


 司会の男性がそう声を上げると、ワッと声が上がり疎に拍手が鳴る。


「おいっ! こんなギリギリで被せて入札するなんて、マナー違反じゃないのか!?」


 先ほど2000万で決まりかけていた男が叫ぶ。納得いかないのか、入札した男性がいるだろう奥へ向かって真っ赤な顔で怒りの籠った視線を向けている。


「まだ決まっていなかっただろう」


「そうですね。まだ確定前でしたので、今回は問題ございません」


「……クソッ!」


 購入し損ね男性は気を害したのか、そのまま会場を後にした。

 どうやら問題は解決して、私を購入する人が決まったらしい。


 そう。決まってしまったのだ……。


「ほら、裏に行くぞ」


 ステージ端に控えていた男性に、次が始まるからとまた裏へ連れて行かれる。


 ステージから捌ける際に、入札の声がした方をチラリと確認する。


 あの男性だろうか?

 

 服装も上品だし、とても私みたいなのを買うような人には見えない。

 目元は仮面で見えないけれど鼻筋や口元は整っているように思うし、艶々の白髪が美しい。 

 白髪だから歳を取ってるかと思ったけど、顔の出ている部分や手を見ると若そう、かな?

 それに他の男のようにニタニタとしたいやらしい顔もしていない。

 

 逆にそれがヤバいのかな!?

 女性に困らなそうなのにこんなところに来てるなんて……!

 冷たい雰囲気のある人だし、普通の相手にはできない残虐な趣味があるとか!?

 

 どうしよう……!

 神様っ! せめて今までの生活より酷くならないようにお願いします!!


 今までいっぱい痛い思いはしてきたし慣れてはいるけれど、これ以上になると耐えられる自信がない。


 まだ売られる心の準備なんてちっともできていないのに、こちらの気持ちなんてお構いなしに準備は進んでいく。


 唯一身につけているローブを剥ぎ取られ、水を桶でバシャっとかけられると、布で全身を拭かれていく。


「これを着ろ」


 渡された丈の長いワンピースの様な服を被ろうとすると、最初にあった男が私の制服を持ってこちらへ寄ってくる。


「まて、その女はこれだ。最初からこの服を着ていたからこれがこの女の故郷の服装なのだろう。珍しい衣装だし、この珍しい色の髪と瞳にちょうど良い」


 ほんの1時間ほど前まで着ていた服なのに、制服を受け取った瞬間、安心感から涙がこぼれた。


「早く支度するんだっ!」


 モタつく私に棒を振り上げた男を見て急いで制服を着る。


 髪を整えられた後また最初の檻に入れられ、しばらく待っていると先ほど私を入札したらしき男が現れる。


「引き取りに来た」


 男達は襟元からチェーンにぶら下げた金属のカードの様なものを出し、近づける。


 「はい。入金が確認できました! この度は落札おめでとうございます! 良いお取り引きをありがとうございました!」


 檻の扉が開けられ、男がこちらに近づいてくる。


「ほわぁ。綺麗……」


 目の前に立つとこの男の見目の美しさがよくわかった。

 ステージからチラッと見た時は口元と鼻が整ってるな、髪が綺麗だな、くらいしか思わなかったけれど、実際近くで見ると長身で細身ながら引き締まった身体をしていてスタイルがとてつもなく良い。特に仮面の穴から覗く瞳が美しく、深い赤に光が散っていて最高品質のルビーのようだ。


 近くで見れば見るほど、この美しい男がなぜ私を購入したのかわからない。

 女なんて掃いて捨てるほど寄ってくるだろうに。


 やっぱり普通のお相手にはできないような趣味があるんだろうか。


「……着いてこい」


「あ、え!?」


 男はこちらを振り返りもせず、スタスタと歩いて行ってしまう。


「ほら、行けっ!」


 どうしていいのかわからずにいると、スタッフの男に肩を押される。


「わっ!」


 そんなふうに乱暴にされなくてもわかっているわよ!

 このよくわからない世界では、逃げようにも私に行くところなどないんだから。


 私は1度深く息を吸い込み吐き出すと、「よしっ!」と自分を奮い立たせ、男の後を追いかけた。

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