第2話

 はぁ、嫌な事を思い出してしまった。


 あの時以降、結果が悪いと母は頬を叩くようになった。一度口の端が切れてからはまずいと思ったのか、二の腕や背中、太ももなど見えないところを摘んで捻られたり叩かれたり。


 そんな状態が続いて今は高校3年生。


 最近は受験が近づいていることもあり、今までより一層家の雰囲気がピリピリとしている。


 受験までもう時間がない。

 母は私を父と同じ大学に入れたいと思っているようだが、最近の模試ではC判定だった。


 その事もあり最近は母の教育が特に厳しくなっている。


「もう、全部、辞めちゃいたい……」


 部活も、友達付き合いも、習い事も。

 恋愛やオシャレだって、やりたい事全部諦めて頑張ってきたのに結果がでない。


 きっとここが私の脳みその限界なのよ。自分ではわかっているのに、それでも父と同じを求められるのだ。


「もうこんなに暗くなっちゃった」


 帰りたくないけれどそろそろ帰らないとまた叱られる。

 そう思いベンチから立ち上がり顔を上げると、目の前には見覚えのないものが。


「え? なにこれ……」


 テントが建っているのだ。

 それもキャンプ用テントとかじゃなく、サーカスをするようなテント。


 来た時はなかったはず……。


 こんなに大きなテントだし、見逃していたということはないだろう。

 じゃあ私がベンチに座って考え込んでいる間に建てたってこと?

 それも変だ。しかもこんな人気のない公園でサーカスもおかしい。


 「あっ、時間! 早く帰らなくちゃ!」


 公園から出ようと足を踏み出す。

 が、帰らなくちゃいけないのに、なぜかテントが無性に気になる。


 チケットがなくても入れるかな? 


 財布を取り出し中を確認する。


 サーカスのチケットがいくらするのか検討もつかないが、お小遣いはそれなりに貰っているから足りるはず。


「……ちょっとだけ。ちょっとだけ覗いていこう」


 どうやら私が入ったのは裏口だったようでステージや観客席はなく、ショーで使うような道具や、動物が入っているらしき檻が並んでいる。


 「前にスマホでチラッと観たサーカスみたいに、象やライオンがいるのかな?」


 幼い頃から勉強ばかりだったから、サーカスどころか動物園や水族館にも連れて行ってもらったことがない。

 小学生の頃に1回遠足でいったかな? とかそういうレベルだ。あの時は小さかったから全然記憶に残ってないし、ダメなことだとわかっているけどワクワクしてしまう。


 「動物、見てみたいな」


 けれど動物を刺激しないためか、どれもこれも檻には上から布が被さっている。


「残念……」


 無断で入っちゃったし、仕方ないよね。

もし明日もやっていたらきちんとお金を払ってみせてもらおう。


 そう思い出口へと歩いてる途中で、端にある小さめの檻の布がずれているのを見つけた。


「このサイズだったらお猿さんとかかな!?」


 昔テレビでチラッと見た観光地で芸をするお猿さんを思い浮かべながら、隙間から覗き込む。


「え? なに、これ……」


 そこにはセミが孵化した後のような美しい羽を持ったお人形サイズの人間だった。


 ……妖精?

 作りもの、だよね?


 そう思ったが、檻に寝転ぶ妖精のお腹が呼吸をしているように上下しているように見える。


 「こっちも!! こっちもだわっ!!」


 どういうことなの…‥.?


 他の檻も布を捲り上げてみてみるが、どれもこれもおかしい。


 黒に青の混ざった美しい毛色の犬に、火を纏ったトカゲ。耳や尻尾の生えた人。

 他の檻も全て見たことのない生き物が入っている。


 私の目がおかしいの? それとも頭がおかしくなった!?


 目を擦ったり、深呼吸したり。

 しかし何度確認しても目の前の景色はかわらない。


「ん? なんだお前」


 訳の分からない状態に頭を抱えていると、不意に後ろから声をかけられビクッとする。

 声の方を振り向くと、ここのスタッフらしき男が仕切りの布を捲りこちらを見ている。


 人だ! 普通の人!! 耳も尻尾もツノもない! 服と髪色は派手だけど、ステージ用だと思えば普通の人だっ!


「勝手に入ってごめんない! ここは何なんですか!? 見たことも聞いたこともないような生き物ばかりで……!!」


 男はこいつは何をいっているんだ? というような怪訝な顔でこちらを見る。


「黒い瞳に黒い髪……、珍しいな。服も変わってるし。あぁ、商品か? おいっ! 女が出てきてるぞ!」


 男がそう叫ぶと、奥からまた派手な髪の男達が出てきた。


「おいおい、お前鍵を閉め忘れたんじゃないか?」


「いや、そんなはずないんだけどなぁ。ほら、行くぞっ!」


 男達は私の両腕を掴むとどこかへ連れて行こうとする。


「やめてくださいっ! 私もう帰りますから!」


 振り解こうとするが、女の私では全然歯が立たない。


 勝手に入ったからって、ここまでする!?


 まさかあの不思議な動物達は見てはいけないもので、私が見ちゃったからこんな目に遭ってるとか!?


「おい、ここが空いてるぞ!」という声とともにガチャンという音が聞こえると、動物達が入っているのと並ぶ檻が開いたところだった。


 まさか……!!


「やめてください!! 私何も言いませんから! ここのこと言いふらしたりしません! 約束します!!」


 必死に訴えても、1人も話を聞いてくれない。


「キャッ!! ……待って! 待ってください!!」


 檻の奥へ押されると、ふらついている隙に鍵を閉められる。

男たちは私の叫ぶ声も気にせず、元いた部屋の方へと消えていった。

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