毒親育ちの女子高生は伯爵様の溺愛に気づかない

sai

第1話

 「帰りたくない……」


 公園のベンチに座り、小さな石をローファーの先で転がしながら呟いた。


 幼い頃から父は仕事ばかりで家庭を顧みず、私の成績や態度が気に入らない時だけ「お前の育て方が悪いからだっ!」と母のやり方に口を出す。母はそんな父の気を引くために私を厳しく育てた。


 「もっと勉強しないとお父さんみたいになれないわよ」


「この点数はなに!? ここは塾でやったところなんだから100点を取れなきゃダメでしょう!!」


「あなたはお父さんと私の娘だもの、できるわよね?」


 父のようになりたいなんて思ったことは一度もないどころか、むしろ父のようにはなりたくないのだが、そんなのはうちでは通用しない。


 うちでは父が1番。母からしたら頭がよく仕事の出来る自慢の素晴らしい夫で、プライドも自尊心も恐ろしく高い父自身もそう思っているのだから。


 国内最高峰の大学を出て大企業で役職に就いている自分が1番偉いと思っている父と、そんな父を美しさ1つで射止めた母。


 親戚で集まるといつも皆んなから母に似て綺麗だと言われるが、残念ながら私は頭のほうも母に似てしまったようだ。


 初めはただ親に喜んで欲しくて勉強をしていた。小学生の頃はテストも簡単で、いつも満点を取っては母に褒められていたし、父もあの頃は「私の子だからな」、なんて言っていた気がする。


 だが、中学に上がると同時に生活はガラッと変わった。

 もちろん私はそれまでと変わらずしっかりと勉強していた。しかし小学生の頃とは違ってどんどん難しくなる内容と増えるテスト範囲に、小学生の頃のように満点を取り続けるのは難しくなっていった。


「なんだこの点数は!! 87点だと!? おいお前! きちんと勉強させていたのか!?」


 中学に入って初めて取ってしまった80点台。

 幼い頃から天才的に優秀だった父にはとてもじゃないが信じられないような許せない点数だったらしい。


 元々亭主関白だった父だが、その時に初めて声を荒げ怒っているのを見た。

 それは母も同じだったようではじめはぽかんと口を開けて驚いていたが、父の怒りように次第に震えだし、「ごめんなさい……、ごめんなさい……」と謝りはじめる。


 母が私の教育にのめり込み始めたのはこの時からだった。


「また2位なの? お父さんは1位以外取ったことがないと言っていたわよ」


「89点ですって!? またお父さんに怒られるわ!! ちょっと勉強が足りていないんじゃないの!?」


 私は父と母の期待に応えようと必死に勉強した。

 それこそ部活にも入らず、塾にも通い、家に帰った後も寝る前までみっちり勉強した。予習も復習も欠かさなかった。


 けれど何度も何度もテストを受けていたら上手くいかない時もある。


「どうしよう……!!」


 私の手元には1枚の紙。右上の名前の横には赤ペンで79と書いてある。

 この時の数学は範囲が特に広かった上に、問題もいつもより難しかったのだ。


でもそんなことはあの親には関係ない。


 あぁ、どうしよう……!! 80点台でさえあんなに怒られたのに!!


 重い足取りで家へと向い、どうかテストのことには触れられませんように、と願いながら玄関の扉を開くと、母はキッチンで夕飯の支度をしている最中だった。


「おかえり。夕飯まで部屋で勉強してなさい」


 よかった! 


 母は今日結果が返ってくることを忘れているようで、珍しくテストのことには触れなかった。


 勉強しなさいと言われるのがこれほど嬉しく思う日がくるなんて!

 このままリビングに居て母にテストのことを思い出されても困る!と、私はすぐにリビングを出て部屋へと向かった。


 しばらく授業の予習復習をしていると、父が帰ってきたようで玄関で母が出迎えている音が聞こえる。


「夕食よ。そろそろ降りてきて!」


 リビングに降りて料理の並ぶテーブルにつく。

 母は専業主婦で、毎日いくつものおかずが用意されている。

 私のためじゃなくて父のためだけれど。


「「いただきます」」


 うちの夕食は他と比べて静かだと思う。

 話すのは基本母だけ。私が聞かれたことに答えて、父は何か気に入らないことがある時にだけ口を挟んでくる。


「そういえばテスト返ってくるの今日じゃなかった?」


 不意にそう言われ、身体の芯が冷たく凍るような感覚に陥った。


 「結果はどうだったの?」


「あ、う……。こ、今回はちょっと難しくて……。」


 その私の反応に、母がテスト結果を見せてみろと言い始めた。


「早く持ってきなさい」


今は父もいる。最悪のタイミングだ。


「……これ」


 逆らえず恐る恐る差し出して見せると、母は数秒紙を見つめた後、震える手でグシャリと握りつぶした。


「な、なんなのこの数学の点数は!! 79点ですって!?」


「なんだと!? どうやったらそんな点数が取れるんだ!!」


 父と母は怒りのまま言葉をぶつけてきた。


「俺の子じゃないんじゃないのか!?」


「あんたの勉強が足りないせいよ!」


「でも、今回は範囲も広くて問題もいつもより難しくて! それで……」


 そう言った瞬間、パンッという音と共に頬に痛みが走り、ジンジンと熱を持っていく。


「こんな恥ずかしい結果を出しておいて! 言い訳してるんじゃないわよっ!」


 そう怒鳴りながら左手で右を抑える母を見て、私は叩かれたのだと気づいた。


 それでも私への暴言が止まらない母。

 頬を叩かれたのを見ていても止めない父。いや、止めないどころかこんな点数を取ったのだから当たり前だと言う顔をしている。


 でも、数学はこんな点数でもクラスで1位だったんだよ。

 総合順位でなら学年で3位だったし、英語は学年で1位だったんだよ。


 言いたいことは心に浮かんできたのに、初めて手を上げられたショックと、その後の父と母の様子に何も言い返せなかった。


 次はもっと勉強します。ごめんなさい。ごめんなさい。


 結局あの時は必死に謝ってなんとか父と母の怒りを収めたのだった。

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