Chapter8 ~Old gunsmith~

「そもそもなんで銃もってねーんだよ」

 がやがやと騒がしい露店が並ぶ雑多な表通り、ランダムに流れる人をかいくぐるようにバンとカヤ、メイは目的地を目指して進んでいく。

「あるって言ってんじゃん、ほら!」

 メイはその場で反射的に制服の裾をまくり上げると眩しい素肌を晒す、右腰のホルスターにはM&P、9mm拳銃が収まっていた。

「カチコミ行くのにそれ一丁で行く気かよ」

「普段はこれで十分なの!」

「二人とも目立ってるヨー」

 カヤが呆れ気味に注意を促す、回りの露店からは口笛と下卑た野次が飛んできて慌ててメイは裾を下ろした。

「先が思いやられるねー」

「アホでマヌケでも大蔵省の捜査官ってのは務まるんだな」

「ここの治安が蛮族みたいになってなきゃ私たちが来る必要もなかったんですけど!」

「まあ蛮族みたいなのは否定できないな」

 バンは軒先にスイカを並べる八百屋や揚げ物を売る総菜屋にも、大体の店舗にはショットガンが店の奥に置いてあるのを見て苦笑いした。

 大抵の人は拳銃で武装しており、時折大口径のライフルを肩に担いだ人間ともすれ違う。

「クソロボットの警報も偶にあるし、郊外には野党みたいなのもまだ居るしねえ」

 カヤはいつの間にか露店で購入した冷やしキュウリを齧りながら商工会の詰所に張られた手配書を示す、ドルと円で表示された賞金額、顔写真や似顔絵と共に警告がでかでかと書いてある。

「西部劇みたい」

「ここは中部だけどな」

 2人はするりと路地へ入る、慌てて追うメイ、3人は路地を抜け裏通りへと出た。

「あら、こっちのほうが私好みね」

 裏通りは表通りよりだいぶ落ち着いた佇まいだ、道幅は表通りよりだいぶ狭いが、きちんと手入れされた街路樹や植え込み等住人の質が伺える街並みだった。

「ついたぜ」

 暫く歩くと「妙砂園」と木彫りの看板がかかる周辺の店とは違う、瓦葺木造の立派な店舗を示すバンとカヤ。

「お茶屋さん?」

「そうよ、入った入った」

 カヤに押されるように中に入れば店内は天井の巨大なファンが柔らかい風を起こし、爽やかな緑茶の香りが上品に漂う快適空間であった。

「いいじゃない、お茶私大好き」

 辺りを見回すメイ、いくつかの銘柄が透明なケースに並び、店舗の右半分はカフェになっているようで幾組かのカップルや夫婦が涼やかな氷の浮いたお茶とお菓子で午後の時間を楽しんでいた。

「いらっしゃい、この前学校に届けた新茶はどうだったかい」

 奥から半被を来た筆ひげの初老男性が現れる、片手の義手で器用にお盆を支え、三人に冷たいお茶を渡した。

「今日はヘサじいさんが店番か、校長は気に入ってたみたいだぜ」

「表は混んでたかい」

「そ、だから今日は表の用事」

 そんな会話を聞きながらメイはお茶を飲む、爽やかで柔らかい質のいい香りが鼻孔に抜け、冷たさが喉を潤した。

「わ、美味しい!」

「ありがとうお嬢ちゃん」

 ヘサと呼ばれた男はにっこり笑うと気に入ったら量り売りもあるから好きな量を言いなと左手奥のコーナーを示した。

「それは帰りだ、先に用事を済ませなきゃな」

「ばーさんなら裏だ、ついでにお茶を持ってってくれ」

 ヘサは冷水器のような給茶機から冷たいお茶をボトルにそそぐ、いっぱいになったところでカヤに手渡した。

「りょーかい、んじゃおじゃましーますっと」

 バンとカヤはひょいひょいと靴を脱ぎ従業員用と思われるレジ裏、畳敷きの部屋へ上がりこむ。

「ちょちょちょ、えっ、状況わかんないんだけど!」

 いきなりの行動にメイも慌てて靴を脱ぎ、ガンナに頭を下げ二人を追う。

「何何、どゆことのなの、なんなの」

「郷に入ってはなんとやらだぞ」

 三人は中庭の見えるガラスの引き戸が連なる廊下を抜けていく、バンが目の前に現れた襖を開けると、今までの雰囲気とは異質な。でかい金属製のノッカーが付いた洋風の扉が現れた。

「えっなに怖い怖い」

「マジで怖がるのやめれ、ていうか服掴むな、ガチびびりしてんな」

「うーん、私だんだんこの子かわいく見えてきた」

 バンは服をつかんでくるメイを払いのけ、ノッカーをゴンゴン鳴らす、すると暫くしてカチャリと鍵が外れる音がした。

「いらっしゃい、ごめんなさいねいつも表はゴタゴタで」

 車いすのかわいらしい小さな初老の女性が出迎えた、全面木製の応接室のような部屋だが、壁にはライフルが立てかけてあり、その中には街中で見かけない軍用ライフルも多く並んでいる、複数置かれたデスクには工具、治具、工作機械が所せましと並んでおり、オイルと火薬のにおいが漂っていた。

「ガンナばーちゃんひさしぶり、これじーちゃんからお茶だぜ」

「バンちゃんもカヤちゃんもありがとねえ、足がこんなんじゃなきゃ学校にもまた遊びにいくんだけれど」

 ガンナと呼ばれた女性は二人と軽くハグしお茶を受け取り、悲しそうに足をさすった。

「早く病院が来いってんだ、なあ?」

 バンがメイへ声をかける、先ほどの話し合いで柴田から流通が正常化したら国立病院が再建されると聞いていたからだ。

「私も詳しくは知らないけど、予算もついた計画だから数年以内には……」

 この時代、戦傷で四肢や目、耳、内臓にダメージを負った成人は大量に居る、宇宙移民たちの情報提供や侵略ロボの研究で特に義肢等の技術発展は目覚ましく、人工筋肉で稼働する高性能義肢が安価といえる価格で市場に提供されているが、製造数が少なく、十分に普及されているとは言い難い。

 またそれに伴う外科手術は場所も医師も全く足りていない、メイはそんな事情をよく知っているが故に明言は避けた、無遠慮かつ無責任な希望ほど他人に提供するべきではない。

「ありがとうねお嬢さん、それであなたはどなたかしら?」

「こいつがおっこちてきたヤツ、仕事があるからなんかプライマリを探しに来たのさ」

あらあらそれは大変だったわねと車いすをメイへ寄せ、手を取って労った。

「あなたお名前は?」

「メイと言います」

 メイちゃんね、と言い手を取ったまま器用に車いすを動かし銃が立てかけてある一角へメイを案内する。

「どんなのが欲しいのかしら、あなたに合わせてオーダーするわ」

「えっと……あなたが調整を?」

 メイは壁際に連れてこられ、改めてガンナを見る、小柄でニコニコと笑うガンナ、とても銃の調整ができそうには見えないが、握られた手は傷だらけでも柔らかく、職人の手であった。

「これでも昔は色々してたのよ、新品とそん色ない程度にはリクエスト通りに用意してあげられるわ」

「えっこれ新品じゃないんですか?」

 メイは回りの銃器を見るが、どれもぴかぴかで中古とは思えない。

「ここいらは色々モノが流れてくるから無理に新品を選ぶよりいいものがたくさんあるのよ、私はその子達にちょっとお色直しをするだけ」

「それじゃあ……9mmくらいの精度のいいSMGを何か」

 できればMP5か何か、と伝えてみるがごめんなさいねと即答されてしまう。

「ここ何か月かMP5系は見てないわ、少し前までNR08がいくつかあったけど、山向こうの自警団がまとめて持って行ってしまったわ」

 代わりにこれならあるわよと棚から段ボールでできた箱を取り出す。

「R0991、のレプリカね、アメリカからの第8次武器供給プログラムでどこかの新興メーカーから売れなかったのが送られてきたみたいなんだけど、マガジンが届かなかったのよね」

箱の中身は9mmのサブマシンガン、クリーニングキットだった。

「いいじゃねーか、9mmなら安いし、今回には十分だ」

「かわいいじゃん」

 バンとカヤが覗き込みそれぞれ賛辞を贈る。

「この形なら訓練でM4使いましたから大丈夫そうですけど、9mmなんですかこれ」

 マガジンがあればこんなの、とガンナが写真を見せる、ぱっと見はM4タイプのアサルトライフルから細長いマガジンが突き出ているように見える。

「ほへー、こんなんがあるんですね」

「最近ウージーのセットが入荷しているから、そこからマガジンを加工してつけてあげる」

 ストックやパーツにリクエストはあるかしらとガンナは手帳を広げ老眼鏡をかけた。

「そうですね、ストックは変に重くなければ何でもいいです、全体的に軽くしたいので20㎜のレールよりはなんか軽いハンドガードがあれば……M-LOCKのハンドガードが理想ですけどなければなんか適当なハンドガードで大丈夫かな、おいおい自分でできますから」

「おぉ……メイちゃんけっこう拘るタイプね」

 けっこうな量のリクエストにカヤは圧倒される、ガンナはふんふんと聞き、メモを書きながら他には、と促す。

「ドットサイト、あります?」

「うーん、無くはないのだけれど、レプリカばかりね、共同軍のトレーダーに電池と合わせて発注はしているけれど」

 入荷はまだ先ねと言われてしまう、ライトはと尋ねても丁度良いサイズのウェポンライトは軒並み売り切れだと言う。

「ライトなら面白いもんアタシが持ってるからそれ貸してやるよ」

 バンが提案したのでメイはそこでリクエストは切り上げた。

「で、装備とかはどうすりゃいいの?」

「アーマーとかポーチは適当なのが学校の倉庫に転がってるわ、戻ったら探しましょ、おばーちゃん、M9のマガジンいくつか貰うわ」

「アタシもスコーピオンのマガジンとタマ貰ってくよ、今日は現金払い、領収書は大蔵省で頼む」

 大蔵省宛領収書と聞いてガンナが目を丸くする。

「領収書! あのバンちゃんがツケじゃなくて領収書で現金払いしてくれるのね! 成長したわねー、長生きはするもんだわ!」

 ガンナはうきうきしながら手書きの領収書を切る、メイちゃんの銃は明日の午前中学校まで届けさせるわねと受取証も発行した。

「こんどは皆でいらっしゃいね、お茶菓子も用意しておくから」

「ダイナもおギンも来たがってたからちゃんと連れてくるよ」

 代金を支払うバン、柴田から渡された支度金は電子処理された新品の札束だったが、ガンナはいつも通りにニセ札チェッカーを通してから金庫に仕舞った。

「まだ時間はあるかしら、良ければもう少し」

 そうガンナが言いかけたところで入ってきた扉とは違う扉がノックされる、ため息をついてどうぞと答えるとグレーのスーツを着た若者が申し訳なさそうに扉を開けガンナを呼んだ、扉の先は一言でいえばガンショップだった。

 様々なパーツが雑多に置かれ、壁には様々な銃器がかけられている、そしてなにより人でごった返していた、その混雑具合を見てメイはなぜ裏から入ったかの理由を理解する。

「姐さん、港湾局が記念品の相談で来てます」

「そうだったわね、忘れてたわ、今日はここまでね、ごめんなさい」

 再度ためいきをついて三人へ申し訳なさそうに謝る。

「今度はアポ取ってからくるぜ、気つかわせたな」

「二人もつれてくるからねー」

「色々ありがとうございます、よろしくおねがいします」

 三者三様に声をかけ元来た扉から三人は部屋を出た。

「品の良い方ですね、それにお優しい」

「足やられる前はもっとイケイケばーちゃんだったんだけどねー」

 声に少しさびしさを交えてカヤが答える。

「昔はなー、髪の毛も真っ赤だったし、サイドもキッチリ刈り上げでめっちゃイケてたんだが最近は落ち着いちゃったな」

「えっ」

「ヘサのじーちゃんも緑のモヒカンだったぞ」

「えっめっちゃいいじゃん」

 そんな会話をしながらお茶屋側へ戻る3人、もちろんお茶は購入して帰ったし、昔の写真も見せてもらった。

 あんな風に年取れたら楽しいかも、等と考えながらメイはお茶のパックを抱き、日が暮れ始めた街路を帰るのだった。

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