Chapter 7 ~Money problem~
「えー、ちゅうわけで、国連難民高等弁務官事務所が中心となって取りまとめることになったと、これでようやっと宇宙難民はいろんな法律的にも受け入れ態勢が整ったわけだ、ここ試験出るからな」
そろそろお昼休みという時間の授業ほどかったるいものはない、特に朝を食べてない者たちからすればなおさらだ。
「んじゃ次回はASW、対航宇艦兵器の開発と旧弾道ミサイル兵器の転用からの核軍縮辺りからだな、次回も小テスト混ざるから予習はしとけよー」
スーツにメガネ、車いすに義手の男性講師がテキストを閉じると同時にチャイムが響く。
学生達は思い思いに学食、購買へ移動を始め、自然と流れが形成されていく、その流れに逆らいつつ逆方向へ向かう女学生が2人、バンとダイナだ。
「クソ腹へったんだけど!朝食ったのイチゴスムージーだけなんだぜ!」
ずかずかと廊下を歩きながら機嫌悪そうにバンが喚く。
「ダイエットでもしてるの? こっちは食パンにジャムたっぷりで食べたよ」
対照的にのんびりとしたダイナが答えつつ角を曲がる。
学校から統合軍の臨時拠点に、そして学校へ戻され改築を繰り返した建物内は変に折れ曲がっているが、複雑な経路を二人は迷いもせずサクサク歩いていく。
「おはよーごぜーやす!」
「うーい、機嫌悪そうでおもしろー」
ギンは元気よく、カヤは野菜ジュースを飲みながら二人を廊下の途中で待ち受けていた。
「朝イチのスムージーしか飲んでねえとこに呼び出しはイラついても許される」
「オシャじゃん」
カリカリするバンに対して、エナジーバーを齧りつつあざ笑うカヤ、バンは軽く手を伸ばすが叩き落とされる。
「おギンは、なんか持ってないの?」
「朝から元気に食パンとヨーグルト バナナ、コーンフレーク食べたので大丈夫です!」
「そっか、賢いな」
バンはフルコースのモーニング話で余計空腹を実感しげんなりした顔を見せつつ歩いていく。
「これで昼休憩も無くなるってんならアタシぁ殺意の波動に目覚めるわよ」
「朝から言ってるね」
「ウケる」
4人はぐだぐだどしゃべりながらたどり着いた廊下の最奥、校長室と板に筆書きされた部屋へたどり着く。
「仲良し4人組だぜ、呼ばれてきたんだが」
重厚な両開き木製扉の横、インターホンでどこかに来訪を告げるバン、数拍置いてロックの解除音が鳴り、扉が開く。
「来たぜヨーコ、メシくらいは出るんだろうな」
中は応接室のような作りで受付デスク、ソファ、テーブル、そして先ほどの扉より頑丈そうな鉄扉の部屋が奥に一つ。
「ありません」
ヨーコと呼ばれたベージュのタイトスーツの女性がバンの軽口を切り捨て、ぞろぞろと入ってくる4人組へ座って待つように応接のソファを促す。
「よーっす」
ソファには昨晩拘束した筈の黒髪ショート、ギザ歯の少女がおにぎり片手に4人を迎える、具はおかかのようだ。
「えっなにバンちゃんこわいなんで無言で近寄ってくるのあっ手やわらか痛い痛い痛い痛い!」
無表情なバンがつかつかと近寄りノーモーションで顔面を両手で締め上げる。
「なんでてめーがここに居てご機嫌にメシ食ってんだよ!」
「痛い痛い顔のパーツが寄っちゃう!」
「すごくいたそう」
「ウケる」
「おかかだ!」
少女が痛みを訴える中、ダイナは小学生並みの感想を述べ、カヤはややウケし、ギンはおにぎりを羨ましがる。
「何やってんのアンタらは」
奥の扉からスーツ姿のレンが呆れた声と共に男性二人を伴い奥の扉から現れた、一人はガタイが良く上下ジャージ、片目に眼帯、片手に義手が光る壮年の男性、もう一人は黒いスーツに黒いネクタイ、フチ無しの丸メガネに切れ長でタレ目、中肉中背のつかみどころのない表情をした中年。
「おなかすいた」
バンは両手でプレスを続行していたが、レンが自分のハンドバッグから棒状の携帯食料を渡すとようやく手を離した。
◇ ◇ ◇
「で、この人はどなた様? ていうかこいつもどこのどいつ様なわけ?」
最終的に奪ったおにぎりをパクつきながら疑問を投げる、隣にはダイナ、カヤ、ギン、対面にはギザ歯少女とタレ目のスーツが座る。
「これは失礼、こういう者です」
『大蔵省 柴田』としか書かれていない名刺を差し出したスーツ男、柴田はにっこりと笑顔を作った。
「金庫番の親玉ね、本名でもなさそうだし、ババアと校長とは顔見知りって感じだな、んでそっちのギザ歯は?」
「私はちょーっと名乗れない身分かなー」
「詩住 メイ(うたすみ めい)、うちの職員です、潜入専門」
「ちょっと!」
勝手に身分を言われたメイが抗議の声を上げるも柴田に手で制される。
「あなたの身分より今は急ぎなんで、今度名刺も作りましょうか」
「急ぎの用なら話の続きを」
校長と呼ばれた片目の男性が先を促す、柴田は失礼と謝罪しブリーフケースから書類を取り出す。
「あなた方仲良し4人組にお願いがあります」
「断る」
「お断り」
「やだです」
「今ちょっと忙しい」
4人はわざとらしく視線をそらして話を拒否する仕草を取った。
「話だけでも聞いてやってくれんか」
校長が苦笑いしながらヨーコにお茶を人数分出すように指示し、自分はコーヒーメーカーからいかにも濃そうなコーヒーを注いだ。
「その男だけじゃなく私にも、もちろん君たちにも益のある話のようだぞ」
「益があるか無いかじゃなくて時間無いってんの」
他の三人も同じく、と返答すると柴田は笑顔のまま書類を机に並べつつ話し出す。
「高坂万莉さんは副業の方が忙しそうですし、安城大那さんは同じ副業とご学業、池袋加夜さんは“お友達”との夜遊びで手一杯」
名前が出た3人は同じように舌を出しうんざりした顔で渡されたお茶を飲んだ、柴田はそれを眺めて満足そうに頷き、ギンを見て真顔になる。
「兎内銀さん、お母さまが心配しておられました、たまには連絡を」
「知らないですし、心配もしてません」
ギンは普段からは想像できない冷たい瞳で言い捨てた。
「と、まあそのあたりの事情は把握しておりますので、お話だけでも」
「「「「聞くだけ」」」」
「どうも、こちらを」
ファイルから一枚の写真を取り出すと机に置く、一面緑の草が生い茂る畑が上空から撮影されているようで皆がそれをのぞき込む。
「衛星写真か、久しぶりに見たが綺麗だな、KH14再稼働したのか」
「自前です、光学21号、初仕事がコレになります」
校長が問うがメガネを直して柴田は話しを続ける。
「見ての通りのアヘン畑です、入り組んでいますが大体3ヘクタール程度のそれなりな規模です」
「それはわかります、なんでそんな話を私たちにするんですか」
皆と同じように写真を覗いていたダイナは眉を顰めて尋ねる、柴田は良い質問ですと言いもう一枚の写真を取り出す。
「3号島の裏じゃん、あそこ元滑走路かなんかだと思ってた」
先ほどの写真より引きに撮影され、小ぶりな校舎と宿舎、破壊されたレーダーサイトと山、そして一枚目の写真にあった阿片畑が写る写真を見てバンが関心したように話す、上手いことやってんな、と言った処でダイナに脇腹をつつかれて口を閉じた。
「おっしゃる通り3号島学校です、先々週衛星が稼働しテスト撮影で判明するまでは誰も知らなかったでしょう」
「当事者達以外はね」
答える柴田に対し、フンと鼻を鳴らし今まで黙っていたレンが一枚目の写真を手に取る。
老眼鏡を取り出して注意深く眺め写真の一部を指で示した。
「生徒がいるじゃないか、さっきの話だとマズいんじゃないのかい」
「と、思いとりあえずメイに潜入させたところです、結果は予期してませんでしたが」
柴田が視線をメイに向けるとメイは肩をすくませて答えた。
「私が調べた限りはほとんどの生徒はもう本土、名古屋方面に転校済みだけど生徒会を始め数人が転入先が決められないとか書類がとか理由つけてまだ残ってる、多分当事者側だね」
「んでどうしろってんだ、焼き討ちでもしてこいってか」
「そもそもなんで私たちにこんな話を? 確かに私たちは武装支援資格がある生徒ですけど、そんな特殊部隊みたいなことできませんよ」
バンとカヤが抗議の声を上げるがそれを手で制して柴田は声を被せて喋る。
「できますよね、公式も非公式も記録は読ませていただきました、あなた方『5人』のお話は中央でもちょっとしたものですよ」
「喧嘩売ってんのかテメエ」
特定のワードを柴田が出した瞬間にバンを始めとして4人の殺気が膨れ上がる。
反射のようにメイは半身を柴田とテーブルの間に体を入れ、殺気と対峙する。
「あんまりウチの子らをイジめないでくれないかい、話すためにここに来たんだろう」
「ここにいる皆が忙しい、続きを」
校長とレンが4人を制し先を柴田へ促す。
「これは失礼、焼き討ちも検討されましたが、できれば焼かずに確保したい」
「……大蔵省がなぜそんな阿片の確保を?」
「今医療現場ではあらゆる医薬品が足りていません」
気を取り直したダイナが胡乱な目で柴田を見やるが、柴田は違う切り口からの話を始める。
「モルヒネか」
「その通りです」
バンのつぶやきに肯定する柴田、写真を片づけてまた一枚の書類を提示する。
「該当地の接収書とあへん法上での許可証です、何ら問題はありませんので法律上すでに大蔵省の土地なのですが、現地勢力との交渉が難航していまして」
書類の上に一枚の写真が追加される、片手が義手、サングラスの白人男性が建物の影で取り巻きと思われる男達とタバコをふかしている写真だ。
「脳無しビルじゃん、畑の経営までしてんのこいつ」
先月の銃撃戦は見ものだったなと笑いながらバンがお茶を啜る。
「本名ウィリアム・ヒューズ、この辺りの反射組織の幹部だそうですね」
「昔は治安維持とクソロボット共の前線構築に協力を」
「今じゃただのヤクザだねー」
未だ機嫌の直らないギンもやっと会話に加わりレンの言葉を引き継ぐ。
「彼の組織が現地学校職員を抱き込んで生徒会の一部に「農業指導」を行っていたようです、そのあたりは彼女の調査で判明しましたが、トラブルがあったようで」
「どこから漏れたかわかんないけどフツーにつかまって、ヘリぶっこわして脱出したわけ」
「コメディアクション映画だな」
救出時の姿を思い出してバンがニヤニヤ笑った。
「しょうがないでしょ、どこの誰が信用できるのかわかんなかったんだもん」
メイは反論したが、柴田は無視して話をつづけた。
「というわけで、あなた方には大蔵省のチームを送り込む為の露払いをお願いしたいんです」
「チームが居るなら強襲しちゃえばいいじゃないですか、チョッパー(ヘリ)はあるんでしょ?」
カヤが疑問を挟む、なんで私たちが行かなきゃいけないんですかという口ぶりだ。
「メイさんが調べた限り、島には最低2機の対空火器があります」
柴田が新しい写真を取り出す、多少ぼやけてはいるがZU-23、23mm連装対空機関砲が校舎の上に据えられているのが確認できる。
「この地方で我々大蔵省が今動かせる航空戦力はヘリが一機あるのみ、落とされては終わりです、事前に潜入し、強制接収前に排除していただくのが確実なのです」
「大人が潜入するより私たち学生が先に入るほうが違和感が無いか、うーん」
呟いて写真を眺め唸るダイナ、一週間以内であればタイミングはお任せしますと柴田は伝え、ソファに深く座りなおした。
「まあ商工会としては面倒くさいヤクザと手が切れるし、お上とパイプができる、一石二鳥のいい機会だ」
「当校としても近隣の安定、財政の健全化が図れるのならいう事なし、任せられる優秀な生徒もいる、君らの授業日数は考慮するからやってみたらどうかね、それに時給も出るそうだよ」
時給と聞いて4人が初めてきちんと聞く姿勢になる、柴田はそれを見て臨時雇用契約書と書かれた書類を4枚取り出した。
「謝礼という扱いですけども」
「「「「幾ら?」」」」
「時給7ドル」
4人はペンを取った。
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