Chapter9 ~Funny Kill House~

 普段であれば混雑とまではいかなくても、人が途切れることの無い学内の射撃場、だが今は絶賛授業中でがらんとしている。

 6つのレーンでターゲットシューティングが可能なレンジと、弾止めに造成された丘の向こうには弾丸防護のために一段下に掘り下げられ、廃タイヤとヘスコ防壁で構成された訓練用キルハウスがあった。

 中部第弐一貫校、通称「中二貫校」は土地の規模こそあるが、半分は学業とは関係ない施設で構成されている、港湾に隣接した高台上の簡易レーダー管制所を含んだ野外球技場&アスレチックコース、港湾局・商工会・中二貫校で共用している車両整備基地兼、第一・第二体育館、校舎は共同軍が過去に駐留していた為に通常の校舎以外に軽量鉄骨で増設、地下も掘削された大規模シェルターが存在する。

 現在メイがラジオを流しマガジンに弾を装填中のレンジも、元々は共同軍の海兵隊が建設した広大な訓練施設の一部だ、今使用しているのは中二貫校だけの為、大半は埋め立てられてしまっているが。

 エアコンの効いた事務所もあるため、レンジマスター兼清掃員の男は用事があるか、呼ばなければ出てこなかった。

 「~♪」

 メイは中二貫校の赤いジャージを上下ともきっちり着て、ラジオから流れる古いロックを口ずさみながら細長いマガジンへ9㎜弾を込めていく。

 「嘘だけはつかないでー、ってね」

 手持ちのマガジンにすべて装弾し、テーブルに並べる、目の前のブースはレンジマスターへ“今度転校してくるんですぅ~、ちょっと色々見学しててぇ~、私銃が好きでぇ~”と、適当を言って暫く貸し切りしてある。

 メイは引き続き歌いながら立てかけてあったホウキで足元に散らばる薬莢を先に片づける、量から見てすでにかなり撃っているようだ。

 「あのおばーちゃんの趣味はかなり良いけれど、バンちゃんの趣味がよくわかんないなー」

 真横に置かれたサブマシンガンを眺めて呟く。

 前日の予告通り、滞在している学生宿舎へ出前のように原付で届けられた銃はきっちり仕上がっていた。

 ARライフルベースの9㎜弾仕様、バレルもハンドガードも長さは10インチ、ハンドガードは軽量システムで8角形の箱型サイレンサーが付属しており、“アクセサリーはおまけね”とかわいらしい便箋と共にキャリングハンドルと小型のハンドストップが同梱されていた。

 「こんなのどこで見つけてくるんだろ」

 ハンドガードの上部にはハンドガン用の小型フラッシュライト、そのライトを阻害しないようにトンネル状のフロントサイトが付いている、朝届けられた銃を見てバンが“いいもんがある”と部屋の道具箱を漁った結果である。

 取り付けた当初はしっくりこない気がしていたが、軽量でバランスが良く、試射を重ねると違和感もなくなり今ではかなり良いかもと思える程だ。

 メイはブースの射撃台へマガジンを4本並べる、今回はこんな程度でいいかなと思いながら銃を取り、各部をチェックしふと気が付く。

 「わっすれてた」

 先ほど射撃時に思いついた案を実行に移す、私物鞄から取り出したのは蛍光オレンジのマニュキュア、メイの爪に光る色と同じものだ。

 メイはフロントサイトの先端に蛍光オレンジのマニュキュアを塗る、視認性が上がり、照準がやりやすくなる、気がする。

 以前大蔵省から貸与されていたライフルにラッカー塗料で色を塗ったら怒られたので、いまは除光液ですぐに拭き取れるマニュキュアでの塗装がお気に入りだ、気分によって色も変えられる。

 「かんぺーき、これで君は私のものだ!」

 わざとらしく銃を抱きしめ、改めてレンジの奥にあるターゲットへ向き直る、マガジンを差し込みチャージングハンドルを引き初弾を装填、銃を構えてアイアンサイトを覗く。

 通常のライフル弾用より幾分拡大されたピープタイプのリアサイトは見やすく、10刻みの数字でペイントされたスチールターゲットが良く見えた。

 「撃つよー」

 誰も居ないが一声かけてから射撃を始める、手前のスチールターゲットから順番に何発か打ち込んでいく、ターゲットの周りに立てられた看板の数字はヤード表記だ。

カンカンと小気味良い音を立てながら苦も無くスパスパ打ち込んでいく、銃の性能もあるが、メイは相当に射撃自体慣れていることが伺えた。

 「もう終わりにしとくかー」

 3マガジン分、90発を撃ち込んだところでメイはマガジンを抜き、弾が装填されていないことを確認し、チャンバーフラッグを差し込み銃を置いた。

 時計を確認すると待ち合わせの時間にはまだまだあり、メイの頭上にはヒマの二文字が浮かび始める。

 今日の予定は15時から明後日の作戦会議となっている、14時過ぎには他の4人が迎えに来るはずだったが、ラジオを流すスマートフォンの時計表示はやっと13時半を伝えてきた。

 「……シャワーあびたいな」

 レンジは風通しが良いが、お昼を回ったばかりの風は高い太陽に暖められた生ぬるくじっとりした重さだった、さらに今日は妙な眠気を誘う気温で、このまま寝たら間違いなく脱水症状になりそうな天気だ。

 どうせ貸し切りだからいいかと荷物はそのままに、メイはレンジ裏の自販機に移動した、需要を見越してか自販機はほぼすべてスポーツドリンクと水、お茶だった。

 「冷やしお汁粉?誰が買うのよこれ」

 一本だけ据えられている謎のチョイスに首をかしげながらスポーツドリンクを買う、ペットボトルを拾い上げ、ふたを開け、その場でゴクゴクと半分ほど減らしてしまう。

「日向はあっちーわーっと?」

 自分のブースに戻るとメイと同じ姿、上下ジャージの少女達が自分の荷物を取り囲んでいた。

 「うーっす、調子はどう」

 バンが茶色の缶飲料を掲げながら呼びかける。

 「上々、あのおばーちゃんすごいね」

 撃ってみる?とバンにマガジンを差し出すが今はいいやと断られる。

 「それよりもうキルハウスは試したか?」

 「さっきちょっと覗いてきたわ、気軽にレイアウト変えられるのいいわね」

 「面白いよね、キャスターで壁の位置変えられるからマンネリにならなくていいよ」

 ダイナが答えて茶色の飲料缶を傾ける、見ればメイ以外は全員同じ飲料だ。

 「何それ」

 「「「「お汁粉!」」」」

 「信じらんない」

 メイは飲みかけのペットボトルを鞄に戻して片づけを始める。

 「ミーティングの前にシャワーくらい貸してもらえると助かるんだけど」

 「はーい、向こうの更衣室にシャワーが二つ!」

 「その前にちょっと遊ぼうぜ」

 「みんなで汗だくで?いいわねすてき!」

 うるせーよ馬鹿とうんざりした声でバンが置いてあった9㎜のマガジンをメイへ投げ寄こす。

 「向こうのキルハウスでちょっと遊ぼうぜってこと、敵は5人、人質2人、銃口向けてるのが敵で手上げてるのが人質だ」

 「正面入り口からのダイナミックエントリーです、敵の位置は適当に変えられてるので私たちもわかりません。」

 メイはすんなりバンとダイナの説明に頷く。

 「そりゃどんな動きするかもわからない人と侵入するのは怖いもんねぇ、合わせるのには慣れてるけど、合わせてもらうのには慣れてないし」

 「言うねー、んじゃいこうぜ」

 「お片付けだけさせてね」

 荷物を整え、皆でダッフルバッグを持ちキルハウスへ移動する。

 「んで、ルーキーは最後尾かしら?」

 改めてキルハウス前の頑丈かつ粗雑な作りの屋根付きテーブルに装備を揃える。

 「いんや、ポイントマンやってくれ、ギンがドア吹っ飛ばすから」

 「はーい!」

 ギンがいつのまにか持っていたブリーチングツールを掲げる、小型ではあるがブリ ーチングツールを軽々と振り回す。

 「先頭メイ、アタシとダイナでサポート、ギンとカヤそのままバックアップに入ってくれ」

 「「「「うぇーい」」」」

 バンがてきぱきと役割を割り振る、お互いのぬるーい返事を聞きながらアイウェアを装着し、自分のバックからエモノを取り出し弾を装填していく。

装具は?と尋ねるメイに対して、準備してないしお遊びだからいらないよと皆が返す。

 「文科省の定める安全義務違反なんだけどなぁ……、それにスコーピオンにモスバーグ、ミニウージーに、カヤちゃんはM9だけ?」

 雑多かつ統一性の無い各々の武器に首をかしげるメイ、愚連隊みたいな集まりですからねーと返すダイナ。

 「私はもともとマークスマンだもん、ライフル抱えて突入はめんどくさい、そもそも本来あんま一緒に動かないし」

 普段は部屋に置いてあるとマガジンに弾を込めながら答えるカヤ、よっぽどがなけりゃ基本は外の監視と援護だなとバンが引き継ぐ。

 「んじゃいくぜー」

 バンは普段の10発マガジンから20発のマガジンに差し替えたスコーピオンをスリングに吊るし歩き出す、皆はうーいとか適当に返事をしながら後に続きキルハウスへ移動した。


◇◇◇◇


 「そいじゃいっきまーす、せー、のっ、どかーん!」

 ぐるぐると回って遠心力でバッテリングラムをドアに叩きつけるギン、メイの想像以上に内側に吹っ飛ぶ木製の粗雑なドアに意識を向けそうになるものの、染みついた反応に身を任せ突入する。

 「!」

 すぐ正面にAKをこちらに向けた男が印刷されたカカシが置いてある、3発ぶち込んで蹴り倒した、リビングの想定なのかボロボロのソファーとテーブルが中央に、壊れたテレビが部屋の隅に置かれている、右手側に廊下というか、通路が続いている。

 「チェック」

 「あいよ」

 「ほいさ」

 通路に銃口を向けながら室内チェックを素早く行う、バンとダイナがソファを持ち上げると両手を上げた少女の印刷された板が置かれていた。

 「カヤちゃんお願い」

 「ラッキー」

 武装と位置を判断しメイはカヤに声をかける、カヤは少女の印刷された板と共にキルハウス外へと脱出した。

 「「クリア」」

 「後方もオッケーでぃす」

 室内をチェックし終えたバンとダイナがメイの後ろに再集合、ギンは少し離れての後方警戒につく。

 「ごーごー」

 メイが通路を進むのに合わせて他の三人も移動、次の部屋は無人、次の部屋はドア右裏に居たターゲットをダイナがショットガンでドアごとぶち抜いてクリア。

 最後とおぼしき部屋は入口から見える最奥、両手を上げた情けない泣き顔の校長がプリントされた板が置かれていた。

 吹き出しそうになるが、気を取り直してメイがタイミングを計り部屋へ突入、入り口の大きなドアマットを踏んだ瞬間メイの重力が消失した。

 「きゃ」

 短い悲鳴と共に落とし穴にハマるメイ、後続のバン、ダイナ、ギンがスルリと室内に入り込み、部屋の角に置かれた残りのターゲット写真を打ち抜く。

 「「「クリア!」」」

 「ずるくない!?」

 室内をクリアリングし、声を上げる三人に対してメイが抗議する。

 「ここに来た人はほぼ100%落ちてるから」

 「なんの慰めにもならない!」

 ダイナが手を貸して引き上げるが、メイは猛抗議だ。

 「校長の話じゃ昔の悪党屋敷には結構あったらしいからな、落とし穴」

 貴重な教訓だろ?と言いながらバンはターゲットの確認をし、口笛を吹いた。

 「やるじゃん、落ちながらでもきっちりぶち込んでる」

 「当たり前でしょ! トーシロじゃないんだから!」

 ぷりぷりしながらもメイはマガジンを抜き、チャンバーをクリアしてからハンマーを落す。

 「ムカつくし、ほこりまみれだし!」

 「わかったわかった、シャワー行こうぜ」

 「体をきっちり洗ってもらわないと気がすまない!」

 バンのスキをついてしがみつくメイ、真似するギン、ダイナは首を振りながら淡々と落とし穴にフロアマットを敷き直すのだった。


◇◇◇◇


 「つれてけー、あらえー、あわよくば裸の付き合いじゃー!」

 「じゃー!」

 「剥がれろてめえら!」

 「先いくよー」

 じゃれつくメイとギンを引きはがしながら移動するバンを横目に、すたすたとキルハウスを出るダイナ、外では先いくよー、と撤収準備を終えたカヤが4人を急かすようにのんびり歩きだしていた。

 「待てって! 待たないとこいつらをけしかけるぞ!」

 「けしかかるぞー!」

 「けしけしかかるぞー!」

 「どんな脅しよ」

 鼻で笑いながらカヤは向かう先の部室棟を見上げる、建物取り付けられた大きな時計は14時過ぎたことを教えてくれた。

 「とっととしないとシャワーの時間もなくなるわよ」

 「ゾンビに襲われてる悪党みたい」

 小走りで追いついてきたダイナが後ろを親指で指す、首だけを向けるとバンが残りの二人にまとわりつかれ移動速度がどんどん落ちていくところだった。

 「おいてかないでくれって情けないやつでしょ、ウケる」

 「ウケるね」

 あははーと笑いながら先行する二人はさっさと建物へと入ってしまう。

 「おい馬鹿共」

 「うい」

 「はぁい」

 「襲うぞ」

 「わぁい」

 「がってん!」

 残りの三人は二人が消えたのを見計らい、先ほどとは打って変わった素早さを見せ、不穏な打ち合わせをして別の入口から突入していくのだった。

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