Chapter 5 ~ Dinner request~
カフェレストラン「好きっ腹」、略してスキパラはこの地方で今のところ唯一、きちんとした手作り甘味も味わえる店である。
戦 前から幾度かの増改築を繰り返し、床面積は堂々の50坪、巨大なキッチンとモーニングから深夜までの営業、何喰っても美味しいのが自慢の全世代から愛される地域の飲食旗艦店、それがスキパラだ。
「あっ、かき氷はじまったじゃん」
「とか言うわりにクロノワールしか食べないでしょ」
宿舎に戻り、シャワーを浴びてすっきりしたバンとダイナは町へ向かう軽トラに便乗してスキパラの前までやってきた。
「そういえばカヤちゃんには連絡した?」
「ぬかりはねえよ、そのうち来るだろ」
戦前からある重厚な木製扉を開けるとカランカランと心地の良い音が響く、中に入れば様々な料理やドリンクの香りが混ざった“美味しい店”の香りが漂う。
「おう、いらっしゃい」
「ひさしぶりー」
ウェイターは皆顔見知りだ、適当に挨拶しつつ店の奥、VIPルームの前にある6人掛けの広めな客席へ二人は対面で収まる、落ち着きのある木やレンガ素材の内装、座り心地が良い柔らかい色調のソファ、分厚いテーブル、ちょうどいい高さのパーティション、中でもこの一番奥の席が彼女らの定位置だった。
「クロノワール一つ、あと紅茶な」
「マハラジャサンドとブレンドコーヒーお願いします」
注文を取りに来たウェイターは何時ものね、と水を置いて去る。
「うーん、やっぱ偶には別のもの頼むか?」
「いいんじゃない、美味しいんだし、食べたいもの食べるのが一番だよ」
などとメニューを眺めつつやっているうちにカヤがやってきた。
「元気そうじゃん、星の王子様は?」
しっつれーいと言いながらカヤはダイナの隣に座りメニューを眺める、バンは鼻を鳴らす。
「昼間のヤツか? センスねえな」
「ひどーい、空から落ちてくるのは王子様って決まってるじゃない」
「そもそも性別が違ぇんだよ、あいつはおギンに渡してきた」
「んじゃ大丈夫だねー」
注文をとりにきたウェイターにホットドックとアメリカンを注文し、カヤは鞄から書類を取り出す。
「んで、昼間追っかけてたヘリコプターは存在しません」
「ワオ、今更だけどきな臭さがどんどん上昇するね」
言いながらダイナが書類をのぞき込む、そんなことしなくても出しますよーとテーブルに2枚の書類を出す。
1枚はバン達から報告があったヘリコプターのテイルナンバー検索結果、もう一枚はその機体の抹消証明だ。
「番号も機種も登録通り、だけどこいつは去年の戦闘ダメージで廃棄されてる筈なのよね」
「んで、ババアに報告は? っと」
頼んだモノが到着し、邪魔と言わんばかりに書類をカヤに押し返すバン、紅茶で口を潤し、アイスクリームがたっぷりかかったパイへ取り掛かった。
「まだっていうかそのためにここに来たんでしょうが」
「んじゃとりあえずはいいね、いただきまーす」
ダイナも届いたスパイスの効いたサンドイッチへかぶりつく、一人出遅れたカヤは羨ましそうにそれを眺めた。
「そろそろここにも電話か直接持ち込む以外の伝達手段が欲しいですよね」
「昔はファックスがあったらしいがな」
美味しそうにパイを頬張るバン、店の奥には確かにファックスがあるが、トナーの会社が無くなって久しい、今はただの電話機だ。
「そもそも機密書類送るわけにいかねえだろ」
「それはそうなんですが……あ、来た来た」
やっと届いたホットドッグを手に取った瞬間また入口が開き、元気な声が聞こえてくる。
「ねーちゃんたちいたー」
「あれ?おギンも呼んだのか?」
とことこ寄って来て隣に座るギンを見て尋ねるバンにカヤは肩をすくめて知らないよと答える。
「ばーちゃに呼ばれてきたんだよ」
「あたしが呼んだんだよ」
ロングの美しい白髪をポニーテールにまとめた壮年の美女ががふてぶてしい笑顔でバンの頭上から会話に割り込む、スレンダーな体系はギャルソン風な制服によく合い、銀のサービストレーを雑に持ち、寄りかかる仕草はサマになっていた。
「びっくりするから気配消して話かけんなってんだろババア!」
「ご無沙汰してます、レンさん」
「バーちゃんおひさしー」
「ばーちゃ来たよー」
四者それぞれの反応に満足したような顔をしつつレンと呼ばれた女性はうんうんと頷く、胸には店長と筆書きされた名札が光る。
「メシ食ったら裏に来な、話がある」
「「「「はーい」」」」
良い返事を返しつつ三人は目の前の料理に視線を戻す、ギンはわーいと言いながらメニューを開いた。
「なんだい、おギンはまだなのか、好きなの頼んでいいからね」
「わーい」
「え、ズルくない!?」
カヤがびっくりして声を上げるがレンはひらひら手を振ってあしらう。
「ずるくない、そもそもおギンが報告一番早かったンだよ、なんで管制勤めのアンタから報告がないんだろうねぇ?」
「はい、ずるくないです」
形勢不利と見て即撤退するカヤに対し、とばっちりを受けまいとバンもダイナもだんまりを決め込んだ。
「じゃあこのあんかけパスタで行きます!」
「りょーかーい、すぐに持ってこさせるからね」
ご機嫌なギンを見てレンは厨房へひっこみ、後のことはともかく、とりあえず四人は楽しい夕食を再開した。
◇ ◇ ◇
「で、どういうことだい」
レンが懐から取り出した紙巻に火をつけソファに深く座りながら訪ねる。
窓の無い店の一番奥の部屋、絨毯が引かれ、ソファが4面に配置され、中央には小さなローデスクが置かれたシンプルな部屋だが、統一感のある調度品は質が良いことが伺える。
「どうもこうも所属不明のヘリが内陸から飛んできて、落ちた、そんだけだ」
「も少し具体的には大神社方面から3号島に飛んできて、6号水道半ばで落ちたって感じですね、マーキングは3号島学校のものでした。」
バンはレンの対面に深く座り食後の紅茶を楽しみ、ダイナはバンの隣でカヤの持ってきた資料を眺める。
「墜落原因は不明、現場についた救助班も共同軍も僅かな浮遊物しか確認できなかったし、そもそもヘリの登録は抹消されていた」
カヤはダイナの後ろで同じ書類をのぞき込んでおり、正規のスクラップ記録もあるんですよねーと補足した。
「はいはーい、あと落っこちた人が居たー」
「うん、その落っこちたヤツが問題でね」
ふかふかの絨毯に転がるアリスが発した言葉にこたえてレンが一枚のファイルをテーブルに置く。
「なにこれ」
バンが手にとり眺める、どうやら誰かの人事ファイルのようなものだ、記載された名前を見てバンの顔が険しくなる。
「一週間程前にチンピラ共から落っこちたヤツ、朝凪 夢を消してくれって依頼が来てるんだよ」
レンの言うチンピラ共とはこの辺り一帯に薄く広がるやくざ者の集まりで、昔は治安維持にも協力した為最低限の付き合いがある、しかし色々なラインや物流が復活しつつある今、その付き合いが面倒となってきている一団だった。
「ゆめしゃんだー、でも違う人?」
「あれ?でもこれ写真が全然ちがくないですか?」
ギンとダイナがファイルの写真を見て疑問を声にだす、たしかに二人が昼に見た顔とは完全に別人だった、黒髪でもなければ小柄でもない。
「この写真が間違い、名前が間違い、依頼自体が間違い、もしくは」
「昼のあいつが間違い、か」
カヤが可能性を上げてバンが締めくくった、レンは4人の手からファイルを回収し、代わりにバンへカードを手渡した。
「この依頼、受けるも蹴るもまずは情報が欲しいね」
「んじゃ腹ごなしに直接聞きに行きますか」
バンは渡されたキーカードで顔を仰ぎながらうそぶいた。
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