5
砂地と緑の同じようで違う景色が後ろへ流れていく。時間を押し流すように。車体は不規則なリズムを刻んで緩い倦怠感を誘う。
何の考えもなしに飛び乗った列車、向かいの席で大富豪がプールで自殺したって話をしている。世界中の酒を飲み尽くしても有り余る金、毎日取り替えたって何十年かかる女たち、すれ違えば振り向かれるほどの名声、世の中を掌で転がせる権力。それで人生が空しいって、何があれば人は幸せになれるんだろう。
シアワセはきっと、目の痛くなるような黄色の海だ。
ヒマワリは眩暈を起こすくらい太陽をみつめて、そして萎れてしまう。人間はそれで満足できずに太陽を掴みにいってしまう。焦がされてしまうだけなのに。もしかしたら本当に欲しいものは焦がれるだけ焦がれて、手にはしないほうがいいのかもしれない。
「どうして、あたしを助けたの?」
隣に座った彼女が思い出したように話し掛けてきた。僕は曖昧に笑ってみせる。
「さあ」
「何にも話してくれないのね」
「過去のない男だから、僕は……」
「変な人」
本当は、わかってた。
ナイフを握り締めた痛みの中に彼女が知った後悔は、あの日の風と同じ匂いをしていただろう。それだけだ。僕を突き動かすのに強い衝動はいらない。
「どうするの、これから」
「考えてないわ。ねえ、どこかの田舎にでも行こうかしら。牛の世話とかして……」
だけどこの列車はそこまでは連れて行ってはくれなかった。ホームに降り立った僕たちを警察官たちが取り囲んだから。僕は咄嗟に駆け出していた。彼女の手を握り締めて。
どうして走り出したかなんて僕にもわからない。自分の気持ちに正直になったら自分が見えなくなるんだ。頭の中が掻き濫されるような、心が壊れていくような。
ああ。僕は本当にイカれている。
戸惑いながら走る彼女の髪が熟れすぎたストロベリーみたいな赤色で、やせっぽちの女の子にみえるから。
ぶ厚い雲の向こうから雪がふわふわと舞い降り始めた時、彼女の足がぴたりと止まった。
「逃げたってムダよ」
色あせた壁、娼婦の香水と男の欲望の気配、鬱屈だけが漂っている。死んだように。朝日を浴びれば夢と消える街。壁に咲く妖しい色をたたえた花は、無気力な骨格だけを晒して僕らを見下ろしていた。心地良いような胸が悪いような場所。
「どうして?」
「だって、アタシ、人を殺したのよ?」
「だから何なの」
人殺しがキレイなことだとは思わないけど、人の作ったルールに降伏することがなんになるだろう。人間が殺しを罪だと決めたのは自分が殺されるのが怖いからなのに。それでも、彼らの前で僕らは悲しい眼をしてはいけない。悪いヤツなんだから。そんなことわかってる——、けど。
僕は人差し指で、雪空を突き刺した。いつかあの娘がやったみたいに。
「こうしないか。生きたいように生きた人間が天国にいけるんだ。やりたいことはやっておかなくちゃ。明日世界が終わっても構わないくらいにさ」
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