次の日、僕はクラブで見かけた彼女を探してた。

 紛い物の宝石と、穴の開いたストッキング。生きるためなら身を売ることすら厭わない女だ、と男たちは嘲笑った。頭の痛くなる安酒を啜っては世の中に対する不満をブチまける自分の姿を見れば、そんなこといえるはずもないのに。こんな出来損ないの地獄みたいな街に生まれてしまったのは自分のせいではないけれど、心まで泥にまみれているのは誰かのせいじゃない。

 歩く彼女をみつけた。名前はシルベット。僕は彼女の進行方向に回りこみ、包装を剥きかけたロリポップを差し出す。

「やあ」

 自然光の下で見る彼女はずっと幼く見えた。

 それもそのはず、まだ十六だ。それを可哀相なんて思うやつはいないだろう。もっと幼い頃から汚い世界を覗き込んでるヤツなんかゴロゴロいる。

「私をバカにしてるの?」

「ストロベリー味は嫌いだったかな」

「そうじゃなくて——」

「昨日、クラブで君を見かけたんだ。少し話がしたくて。迷惑かな?」

「変な人ね」

 まんざらでもなさそうに笑った。

「ただでとはいわないさ。君をディナーに招待するよ。——出来うる限り高級な」

 僕はポケットから革の財布を取り出してみせる。どこで調達してきたか訊くのは野暮だ。誰かが笑っている時は誰かが泣いている。

 見た目の割りに中身はお粗末だった。焼印のブランドネームが煤けて見えた。財布を覗き込んだシルベットはツンとすました表情を作る。

「あら、私は構わなくてよ。たまにはいいじゃないの、最下層の食事っていうのも。最高級ディナーには飽きてたところよ」

 そういうわけで、僕らはカビた匂いのするサンドイッチを分け合った。それから、冷えてないコーラを一本。

 僕は昨晩クラブに行くことになった経緯を話した。シルベットはあの二人とは知った仲だったようだ。悪くはないけど馬鹿なヤツなのよね、と少し寂しそうに笑った。僕も彼女も、彼らと会うことはないだろう。もう二度と。

「酔った勢いで市長を殺す話をしていたのは知ってたけど、本当にやるとは思わなかったわ」

「でもどうして?」

「この汚れた土地を埋め立てて、綺麗なビルを建てるっていってたのよ」

「そうすれば街が清潔で健康的になるってわけか」

「そうね。あの人たちは私たちを性質の悪いウイルスか何かだと思ってるの。触れば自分たちも感染するってね。——ただ貧しくて、そのせいで心が病んでるだけなのに」

 ああ、彼らはそれが怖いんだ。

 病気なのは貧しさのせいじゃないって認めたら、自分の存在意義がわからなくなる。僕は世界の隙間に暮らして、様々な人間の言葉を拾い聴きしてた。だから知ってる。そういう人間はこの汚れた土地にも、あの綺麗な街にも沢山いる。自らの病み衰えた姿を直視できないから、連中は血眼で貶める対象を探してる。

「市長はこの土地を見下して、この土地の連中は君に唾を吐く。——それで君は何を憎むの?」

「何も」

「本当に?」

「ええ。私は自分のことを可哀相だなんて思わないもの。ただ、悲しいだけよ」

「悲しい?」

「私を買う人はみんな私に施してやってると思ってるわ。だけど、本当にそうなの? 私に施しを与えて確かめなきゃいけないくらい、プライドが擦り切れてるともいえるわよ。そんな人たちが私より幸せだとは思えない」

「君は幸せなの?」

「——少なくとも、不幸じゃないってだけ」

 サンドイッチにかぶりついたら、大量に入っていたマスタードに噎せた。シルベットは僕にコーラの瓶を差し出す。

「貧乏人って、まったくお可哀相ね。一日中駆け回ってこんなモノしか食べられないんだもの」

 僕たちは顔を見合わせてクスクス笑った。

 どんなに悲しいジョークでだって笑わなきゃいけない人間もいる。僕や彼女やあのクラブにいた連中には、嘆き悲しむ時間なんてこれっぽっちもない。涙を流しそうになったら最後、この世界から消える羽目になる。自らの手で。

「あなたはどこから来たの?」

「覚えてないよ」

「じゃあ、どこへ行くの?」

「行き先もない」

「ついて行ってもいい?」

「どうして?」

「ここには居たくないの」

 断る理由なんてなかった。

 どうせ僕たちがここで一緒にいることには意味がないから、僕たちがいつかバラバラになってしまうことにも意味がない。僕が彼女に惹かれているのも、彼女が僕に興味を持ったのも。何も。

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