第64話 特別サービス

「準備してくる!」


 そう言って、紫音が部屋を出て行くと、すぐに大荷物を両手に抱えて戻ってきた。

 部屋に、この前同様マットレスが敷き、かごに入った用具を一つずつ取り出していく。


「それじゃあお兄ちゃんは寝っ転がって。優里香ちゃんはお兄ちゃんを膝枕してあげて」

「う、うん。分かった」


 まだ状況が飲み込めていない奥沢さんの返事は困惑した感じだ。

 俺の寝転がる頂点の所に奥沢さんが正座する。


「お、おいで、雪谷君」

「う、うん。それじゃあお邪魔して」


 俺は空気にのまれたまま、奥沢さんの方へ頭を倒していく。

 刹那、ポフっと柔らかい奥沢さんの太ももが、俺の頭を優しく包み込んでくれる。


「ど、どうかな?」

「う、うん。最高です」

「それならよかった」

「……」

「……」


 お互い気まずくて、視線を逸らして黙り込んでしまう。


「もう二人とも緊張しすぎ! 今からお兄ちゃん特別メニューするんだから、これだけで恥ずかしがってたら出来ないよ?」


 そう言いながら、紫音はせっせと準備を進めている。


「なんでお前が一番乗り気なんだよ」

「そりゃだって、お兄ちゃんが私じゃなきゃヤダ! って愛を叫んでくれたんだよ? 嬉しくないわけないじゃん」

「いや待て、確かに他の人にしているのは嫌とは言ったけど、そこまでは言ってないい!」

「はいはい、今さら言い訳しても無駄。今からお兄ちゃんには、愛しの妹と彼女に、沢山甘えてもらうんだから!」


 大体予想は着いてたけど、やっぱり耳かきとかいろいろされちゃう奴ですよねこれ。


「ちょっと紫音ちゃん⁉ まだ私たち付き合ってないから!」

「えぇー? 仮の関係を本当の関係にしちゃうだけなんですから簡単じゃないですかー。ほら、今一言言っちゃえば契約成立ですよ?」

「も、もうー!」


 紫音の背中をポンポン叩く奥沢さん、可愛い。

 俺がそんな奥沢さんの様子を見ていると、視線に気づいたのか、ポッと顔を赤らめた。


「ゆ、雪谷君も期待した顔しないの!」

「あはは……ごめん」

「全くもう……どうして私、雪谷君の部屋で膝枕なんてしてるのかな?」

「ほんと、なんでだろうね?」

「むぅー……そもそも雪谷君が嫉妬するのがいけないんだからね!」

「ごめんなさい」

「反省の色が見えないんだけど」


 ジト目で見下ろしてくる奥沢さん。

 あっ、その視線もなんだか色んな意味でグサっときてしまう。


「あーはいはい、二人がアツアツなのはわかったから、さっさと始めるよ」


「違うから!」

「違います!」


 思わず俺と奥沢さんが同時にツッコミを入れてしまうと、紫音は呆れたように笑いを上げる。


「はぁ……どっちも素直じゃないんだから。まっ、とりあえずお兄ちゃんはそのまま大人しく寝転がってて。鼓膜破られたくなかったらね」


 そう言って、紫音は手元に用意した化粧水のようなボトルのキャップを開ける。


「はい、優里香ちゃん。手出して」

「う、うぅ……何で私まで」


 奥沢さんは渋々といった様子で手を差し出すと、そこへ紫音はドロっとした中身の液体を奥沢さんの手にたっぷりかけた。


 グチュグチュグチュグチュ。


 手に馴染ませるようにして、奥沢さんがその液体を広げていく。

 紫音も同じようにして、手に適量の液体を注ぐと、同じように音を立てながら手に馴染ませていく。


「お、おい……ま、まさか」

「あっ、もしかして気づいちゃった? 今からお兄ちゃんには、私たちのマッサージで気持ちよくなってもらうから、覚悟しておいてね♪」


 あざとくウインクをする紫音が悪魔に見えた。


「お、俺……ちょっと用事思い出したかも」


 慌てて頭を起こそうとするものの、奥沢さんの太ももがすっと開き、俺の頭は重力に従うようにして下へと落っこちてしまう。

 ムギュっと太ももに挟まれ、俺は身動きが取れなくなる。


「ダメだよ、雪谷君、大人しくしてなきゃ」

「い、いや……でも……ほら……二人にされるとか、そんなイベント、流石にマズイし……」

「今さら何言ってるの? お兄ちゃんが特別感が欲しいっていうから、せっかく私たちがわざわざリアルでおもてなししてあげようと思ってるのに」

「いや、俺は別にそこまで求めてるわけじゃ……」

「もう、言い訳がましいな! いいからお兄ちゃんは私たちのマッサージ受けてビクン、ビクンしてればいいの!」

「ちょ、待って……それは恥ずかしっ――」


 刹那、二人の手が俺の耳元へと近づいてきて――


「ぎゃぁぁぁぁー!!!」


 俺は、今まで体感したことのないほどの昇天を迎えてしまうのであった。

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