第63話 打ち明ける本心

 配信が終わった後、俺は一人暗闇の部屋の中で体育座りをして丸まっていた。


「はぁ……何やってんだろうな俺」


 ため息を吐きながら、そんな独り言を吐いてしまう。

 しばらくして、隣の部屋の扉が開き、足音がこちらへと向かってくる。


 コンコン。


「お兄ちゃん、配信終わったよ」


 直後、紫音の声が聞こえてくる。


「……」


 俺は、紫音の声にこたえることが出来なかった。


「お兄ちゃん……?」

「もしかしたら、眠っちゃったのかもしれませんね」

「はぁっ……せっかくのコラボだっていうのに、眠っちゃうなんてもったいない」

「でも私たちからしたら、癒すことが出来たってことだから本望じゃないかな?」


 二人の会話が聞こえてくる。

 それを俺はただ、右から左に受け流していた。


「まあそれもそうですね。でも、快眠中悪いけど、お兄ちゃんには起きてもらうよ!」


 ガチャリと扉が開かれて、一筋の光が差し込んでくる。


「お兄ちゃん起きろ! ……って、何してるの?」


 ベッドの隅で丸まっている俺を見つけて、紫音が不思議そうな声で尋ねて来る。

 俺は少しだけ顔を上げて、すっと紫音の方を見つめた。


「うえぇ⁉ どうしたのお兄ちゃん⁉ なんで泣いてるの⁉」


 俺の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 こんな情けない姿、本当は見せたくなかったのに。


「雪谷君大丈夫? 何かあったの?」


 奥沢さんも心配した様子で声を掛けてきてくれる。

 あぁ……二人とも俺のことをこんなに心配してくれているというのに、なんて惨めなんだ。

 俺は鼻をすすりながら、目元を拭って口を開く。


「いや……大したことないんだけどさ……二人の配信見ながら、ファンのコメント観てたら、なんだか二人が遠い存在みたいに思えてきちゃって……気づいたら悲しくなってた」

「はぁ? 何言ってるの? 私も優里香ちゃんもここにいるし」

「そうなんだけど……そうじゃなくて……!」


 はぁ、なんて俺は強欲で醜いんだろうか。

 自分の抱いている感情が嫌になってくる。


「二人のことを他の人に取られたみたいに思えちゃって、嫌な気持ちになっちゃったんだ。ほんと、何してるんだろうって感じだよな。自惚れているにもほどがある」


 思いを自虐めいた口調で吐露すると、紫音と奥沢さんは、お互いに顔を見合わせた。

 そして、こちらへ向き直ると、呆れた様子でため息を吐き、紫音が口を開く。


「全くもう、確かに私は配信者だし、リスナーの人も大切だけど、それよりお兄ちゃんの方が大切に決まってるじゃん」

「本当か?」


 自分で言っておいて確認を取るとか本当に情けない。

 でも、妹はバカにすることなく首を縦に振って頷いてくれる。


「当たり前でしょ。家族なんだから」

「紫音……」

「それにしても、流石にそれはシスコン拗らせすぎでしょ」

「うるせぇ」


 俺が吐き捨てるように言うと、今度はニヤニヤとした悪い笑みを浮かべながら言ってくる。


「それで? 私はいいとしても、優里香ちゃんにも抱いたって事は、何か別の理由があるんだよね?」

「そ、それはその……」


 戸惑いつつ、俺がチラリと奥沢さんの方を見つめると、彼女はすっと視線を下に向け、モジモジとしてしまう。


「お兄ちゃん、素直になっちゃいなよ」

「紫音はちょっと黙ってろ」

「えぇーだってー」

「いいから」


 俺はすっと立ち上がり、泣き顔を晒しながらも、奥沢さん元へと近づいていく。

 そして、すぅっと一度大きく息を吸ってから、一気に捲くし立てる。


「俺は他の人が奥沢さんのボイスで変なこと考えてるんだって思ったら、凄く嫌な気持ちになってもやもやした。身勝手なことに、奥沢さんと仮の関係で付き合ってるのに嫉妬しちゃったんだ。ほんと気分を害すようなことしてごめん」


 最後に思い切り頭を下げて、奥沢さんに謝罪する。


「頭を上げて、雪谷君」


 俺が恐る恐る頭を上げると、奥沢さんは優しい微笑を向けてくれいていた。


「嬉しい……から」

「えっ?」


 今、なんて言った?


「その……嫉妬してくれたって言ってくれたの、私嬉しかった。私も多分、雪谷君と同じ気持ちなんだと思う」

「……それってつまり」

「うん……多分だけど、私も雪谷君と仮の恋人関係を続けてるうちに、別の感情を抱いちゃってたみたい」


 指で頬を掻きながら、照れくさそうに微笑む奥沢さん。

 見つめ合う二人の間には、心なしかむず痒い雰囲気が漂っている。


「はいはい、お熱いところ申し訳ないけど、せっかくだし、成就の儀でも行おうよ!」

「成就の儀?」


 なんじゃそりゃ?


 俺が首を傾げていると、紫音は生き生きした様子でにやりとほくそ笑んだ。


「そりゃもちろん、お兄ちゃんフルサービスコースだよ」

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