第三章

第45話 二人の険悪な原因

「も、申し訳ございませんでした」


 暦も七月を回り、日中は三十度を超える日が増えてきた、蒸し暑さ残る放課後。

 空調の効いた理科実験室にて、俺、雪谷礼音は額を地べたにつけ、目の前にいる女子生徒に土下座をしていた。

 俺の前に立っている、クラスメイトの沼部悠羽ぬまべゆうはは、眉間にしわを寄せ、腕を組み、足をカタカタ鳴らしながら、イライラした様子で俺を見下ろしている。

 制服も夏服仕様になり、シャツ越しから白のインナーシャツが見えてしまっているが、今それを指摘したら悠羽の機嫌がさらに悪くなるだけなので、俺はただ黙って頭を下げ続けていた。


「はぁ……」


 悠羽は、呆れた様子でため息を一つ吐くと、しゃがみ込んで俺の頭をガシっと掴んでくる。

 俺は顔を無理やり悠羽の方へと向けさせられた。

 途中、悠羽のスカートの中が見えてしまったような気がしたけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「雪谷、アンタはいい加減本格的な指導が必要みたいね」

「ご、ごめんなさい」

「謝れば許されるなら警察はいらないの」


 今日はさらに一段と悠羽の機嫌が悪い。

 どうして俺が謝っているのかというと、他でもなく、悠羽が中の人である罵倒系ASMR配信者の園田わかばの配信を俺が全く視聴していないからである。


「誠に申し訳ありませんでした。今後は悠羽様の配信をリアルタイムで視聴させていただきます」

「もういい。雪谷の口約束は信用できない」


 これが初犯ではないので、悠羽が俺に対する信頼をなくしてしまっても無理はない。


「こうなったら、私も実力行使に出るまでの事」


 不穏な言葉を言って、悠羽は俺の首根っこを離して解放してくれる。

 そして、くるりと踵を返すと、理科実験室の教壇のテーブルに置いてある実験用具を片付け始めた。


「十分後、昇降口前集合。もし来なかったら、今度授業中に耳穴にオイルをぶち込んでビクつかせてやるから」

「ら、ラジャ……」


 公衆の面前の前で、そんな仕打ちをされてしまったら、俺は社会的に抹殺されてしまう。

 悠羽のトーンはガチだった。


「それじゃあ、俺は教室から荷物を取ってくるよ」


 そう言って、俺は理科実験室を一度後にして、教室へと戻る。


「あぁーヤベェよ。完全に悠羽怒らしちまったよ」


 俺の足はガクブルと震えており、恐怖に苛まれていた。

 まあ、俺がゆらちゃんや黒亜くろあの配信を優先して観てたのがいけないんだけどさ……。


「これから一体、何されちゃうわけ?」


 悠羽が園田わかばだって分かったときでさえ、俺の耳穴にオイルをぶち込んできたんだ。

 何をされるかたまったもんじゃない。

 憂鬱な気持ちに苛まれながら、悠羽に指定された通り、荷物を持って昇降口前へと向かうのであった。



 ◇◇◇



 昇降口へと向かうと、既に外履きに履き替えた悠羽が待っていた。


「悪い、遅くなった」


 俺が一言詫びを入れてから、上履きから外履きへと履き替えて、悠羽の元へと向かう。


「んじゃ、早速行こうか」


 そう言って、悠羽はさっさと歩きだしてしまう。


「行くって、どこに行くんだ?」

「どこって、私の家に決まってるでしょ」

「えぇ⁉ 悠羽の家に行くのか⁉」

「何、それとも雪谷は、公衆の面前で調教されたいわけ?」

「め、滅相もございません!」


 俺は今から悠羽のASMR放送を観なかった罰を受けに行くんだ。

 遊びでないのだから、きっと悠羽の部屋で俺はハチャメチャにされてしまうのであろう。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ちょっと、待ってくれ悠羽」

「ダーメ。雪谷がいけないんだからね。他の女に浮かれてるのがいけないんだから」


 ベッドの上で仰向けに寝転がる俺に対して、馬乗りに乗っかってくる悠羽。

 その目は、まさに獲物を捕らえた肉食獣のような目をしていて、か弱いひよこである俺はただただ怯えて身震いすることしか出来ない。


「もう……そんな目で見られたらもっと虐めてあげたくなっちゃうじゃない。雪谷って、やっぱりMっ気の素質あるよね」

「そ、そんなことないぞ!」

「はいはい、嘘乙」


 俺の反論を軽く受け流しながら、悠羽はベッドの上に置いてあったオイルを手につけて、両手で薄く伸ばしていく。


 ネチャ、ネチャ、ネチャ、ネチャ。


「これはアロエオイルだから、少し粘着質のオイルだよ。これを今から、雪谷の耳穴にたっぷり調教してあげるから」


 ぎゅっと手を握ると、薄めた白濁のドロドロしたアロエオイルが悠羽の手から零れ落ちそうになる。


「うっわ。これなんかエロイね。愛〇みたーい」

「なっ……何変なこと言ってるんだよ⁉」

「だって、そっちの方が興奮するでしょ? 今から、アーシのアソコから取り出した液を、雪谷の耳に注ぎ込む。想像しただけでゾクゾクしてくるでしょ?」


 悠羽は、ねっとりとした視線を向けながら、その粘り気の強いアロエオイルをツゥーっと頬に垂らしてきた。

 生暖かい感触が頬に伝わり、俺は思わずブルっと身震いしてしまう。「


「ふふっ、その反応いいよ。もっとシてあげたくなっちゃう」

「や、やめてくれ……」

「ダメー。だってこれは、お仕置きなんだから」


 実に楽しそうな口調で、悠羽はゆっくりと身体を俺の方へと屈めてきて、両手をゆっくりと俺の耳元へと近づけて来る。


「それじゃあ……イくよ?」

「待ってくれ……」

「待たなーい。おりゃ!」


 グチュッ……。


「う、うわぁぁぁぁぁぁーーーー」


 直後、ビクビクビックンと、狂ったように痙攣する俺をよそに、高笑いしながら俺の耳穴へ指を突っ込む悠羽。

 俺は、悠羽のオイル快楽へと堕ちていき……奴隷へと張り果てていくのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~


 想像しただけで寒気が襲ってきて、俺は思わず自身の肩を抱いてしまう。

 まさにそれは地獄絵図。


「ふふっ、今、何されるか想像してたでしょ?」

「なっ、し、してない」


 にやにやとした笑みを浮かべながら、悠羽が俺の耳元へ顔を近づけて、小声で囁いてくる。


「雪谷が想像してるよりもーっと、凄いことシてあ・げ・る♪」


 悠羽の小悪魔めいた口調に、俺は恐怖さえ覚えてしまう。

 それほどに、悠羽の表情は悪に満ちていた。


 俺は、とんでもない友人の約束を破ってしまったらしい。

 そもそも、悠羽を秘密を暴くべきではなかったと後悔しつつ、正門を出た時であった。

 悠羽がピタリと足を止め、先をじっと睨みつける。


 視線の先にいたのは、俺の幼馴染である大塚黒亜。

 黒亜も同様に、悠羽へ敵対心丸出しの視線を向けていた。


「お、おい二人とも……」


 俺が宥めようとすると、口を開いたのは悠羽だった。


「どうしてあなたがここにいるワケ?」

「そっちこそ、どうしてコイツと一緒にいるのよ?」

「私は今から、雪谷を調教するの」

「ちょ、調教⁉ ちょっとアンタ、一体どういうこと?」


 黒亜の矛先が、俺へと移る。


「いや、違うんだって、これには深いわけがあって――」


 すると、黒亜はスタスタと俺の元へとやってきて、ガシっと腕を掴んできた。

 そして、悠羽へと向き直り、強い口調で言い放つ。


「悪いけど、今日はアーシがコイツの先約だから、アンタの予定は後にしてくれる?」


 黒亜がそう言い放つと、悠羽はすっと視線を地面に向けて俯いてしまう。


「あなたはいつもそうやって私の邪魔をして……」

「何か言った?」

「……嫌だ」

「……はっ?」


 黒亜のドスの利いた声に対して、悠羽はすっと顔を上げると、目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「雪谷から一度離れて行ったクセに、また平然と現れて私から奪おうだなんて、そうはさせない」


 そう言い切ると、反対側の腕を悠羽に掴まれてしまう。


「何すんのよ⁉」

「うるさい。いいから雪谷を離せこの意気地なし」

「誰が意気地なしよ! この性悪女!」


 俺の身体が裂けてしまうのではないかと思うほどに、強い力で左右に引っ張られてしまう。


「落ち着け二人とも!」


 俺が必死に声を荒げると、二人がはっとした様子で手を離してくれた。

 しかし、二人は相変わらず、俺を挟んで睨みつけたまま、お互いに譲ろうとしない。


「お前ら……一体どうしてそんなに仲が悪いんだよ。頼むから事情を説明してくれ」


 俺がそう言うと、最初に口を開いたのは黒亜だった。


「この女が悪いのよ! 私をだました挙句、アンタのことも現在進行形でだましてるんだから!!」

「それは違う。私はただ、雪谷が寂しいだろうと思って手を差し伸べただけ」

「アンタねぇ……!」


「分かった、分かったから! 二人とも一旦落ち着け!」


 俺が手で制すると、二人は一歩だけ後ずさった。


「頼むから、冷静に事のいきさつを話してくれ」


 必死に頼み込むと、次に口を開いたのは悠羽だった。


「雪谷は覚えてる? 中学の時、私が告白した時の事」

「えっ……そ、それはまあ……」


 それは、俺と悠羽が今まで暗黙のうちに避けていた過去の話題。

 事のいきさつは、三年ほど前まで遡らなくてはならない。


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