第42話 桜坂ヴィラの配信

 桜坂ヴィラのライブストリーム画面をしばらく見つめて待っていると、突如環境音が入ってきて、マイクから理恵さんの息遣いが聞こえてきた。


『こんばんは、悪魔のサキュバスお姉さん桜坂ヴィラよ。今宵もあなたのお耳をペロペロにご奉仕してまいりますわ』


 配信越しから聞こえる理恵さんの声音は、緊張しているのかどこか震えているように感じる。


 リスナーのコメントを見てみると――


  ――待ってましたー!

  ――今日も沢山耳舐めしてくれるんだろ?

  ――興奮しやがって、クソビ〇チ

  ――ほら、早く舐めろよ


「……あれ?」


 なんだか、コメントが随分と辛辣なんだけど……。


『んあっ……は、はいっ……み、皆さんのお耳を、沢山レロレロしていきますわ』


 恐怖に震えたような声で、理恵さんが早速耳舐めを始めていく。


『アッ……レロッ……レロッ……レロレロレロレロレロ……』

「うっ……」


 生々しい舌が絡みつくような感覚。

 そして、エロティックな息遣い。

 滴る唾液のクチュクチュとした音。

 予想以上のゾクゾク感に、礼音の身体はビクンと跳ねてしまう。


『レロレロレロ……フェァッ……レロッ……ッチュ……ジュルッ、ジュルッ』


 耳を口に含んで舌で吸いあげたり、わざとらしくジュルジュルと音を立てていく。


「うぅっ……これは刺激が強すぎる」


 これ、今隣にあるリビングの防音室で下着姿の理恵さんが耳舐めしてるんだよな……。


 閉鎖空間の蒸れた防音室。

 滴る汗がつぅっと首筋から胸元へかけて流れる中、レロレロと必死に舌を出し、耳奥べグポグポと突っ込む理恵さん。


 ヤバイ、考えただけで変な気分になってきた。

 気を紛らわせるため、俺はコメント欄へと目を移す。

 コメント欄の人たちもさぞかし色んな意味でノックアウトしているだろうと思いきや――


  ――おいおい、全然気持ちよくねぇぞ? サキュバスの耳舐めってのはこんなもんか?

  ――ほーら、お金に困ってるんだろ? そういう時、なんていえばいいのか分かってるよな?

  ――2000円 ほれ、大好きな金だぞ


『あぁ……ありがとうございますぅぅぅぅ……っ。あなた様から頂いたスパチャのお礼に、沢山ご奉仕させていただきましゅぅー』


 レロレロレロレロレロレロッ、ジュポジュポジュポジュポジュポジュポッ。


 スパチャ(投げ銭)のお礼と言わんばかりに、理恵さんの耳舐め速度が上がって行く。


  ――ほら、もっとだもっと! いい感じになってきたぞ?


『ファイッ……ごひゅひん様のためにぃっ……たくしゃんもっと耳舐めしましゅぅっっ』。


 コメント欄の治安悪!

 ゆらちゃんや他のASMR配信者と比べて、理恵さんの配信を聴いているリスナーは、凌辱ドS系リスナーが大量発生しているらしい。

 すると、ガチャリと扉が開き、これ以上辱めを受けている理恵さんを見てられないといった様子で、黒亜がリビングから廊下へと出てきた。

 黒亜はショックを隠し切れない様子で、悲痛な顔を浮かべており、自身の身体を抱きかかえるようにしている。


「何よアレ……。あんなお姉ちゃんの姿見れらんない……。水商売系のお店でやってることと似たようなものジャン……」


 まあ、黒亜の気持ちは分からなくはない。

 下着姿で、必死に画面の向こうで見ているであろう、見ず知らずの男どもに身体を張って懸命に耳舐めしているのだから。


 だが、黒亜のショックも束の間。

 五秒ほど遅延している理恵さんの生配信音声から、黒亜がリビングの扉を閉める音が思いきり聞こえてきてしまう。


『あっ……ごめんなさい。妹が出てっちゃったみたい』


 必死に理恵さんがリスナーへ音の出所を説明するものの、リスナー達はその言葉を信じることなく……。


  ――おい、誰だ今の。男か、男だろ?

  ――マジかよ。人に貢がせておきながら男って、どう落とし前つけてくれんだ?

  ――許すマジ。どうすればいいか? 分かってるよな?


 コメント欄は完全に理恵さんを集中砲火。


『ご、ごめんなさい! 男を侍らせてるドスケベサキュバスでごめんなさい。何でもしますから、許してください!!!』


  ――なら、コシコシしてもらおうか?

  ――カウントダウンでもしてもらおうか?

  ――喘ぎ声もっと聞かせて貰おうか?


 下種な男どもの欲望がコメント欄に駄々洩れる。

 知り合いが酷い目に遭っていると思ってしまうと、見ているだけで不快な気分に、俺までなってきてしまう。


『か、かしこまりました。アカウントBANされない程度に、皆さんのご要望に精一杯応えてまりいますぅぅぅっ……』


 俺は配信を閉じてイヤホンを外し、スマートフォンと一緒にポケットへと仕舞い込み、スッと立ち上がって廊下で呆然と立ち尽くしている黒亜の元へと近寄り、労わるように優しく頭を撫でてあげた。

 それからしばらくして、俺は少し落ち着いた黒亜を廊下へと座らせ、肩を貸して寄り添ってあげる。

 薄暗い廊下で壁際に座って肩を寄せ合いながら、理恵さんの配信が終わるのを、二人は明け方まで待ち続けるのであった。

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