第9話 お楽しみタイム

 俺は寝る支度を整え、タイマーをセットして部屋の明かりを消すと、ポフっとベッドに横たわった。

 それから、イヤホンを両耳に装着し、スマートフォンを操作してY〇utubeのライブ放送予定の画面を開く。

 しばらく目を瞑り、うきうきとした気持ちで待っていると、無音だったイヤホンに、カチっとマウスのクリック音が聞こえてくる。

 

 刹那――


『皆さんこんばんわぁー。夏川ゆらだよー!』


 ゆらちゃんの可愛らしいソプラノの囁き声が聞こえてくる。

 そう、お楽しみとはもちろん、夏川ゆらちゃんの生配信ASMR放送。

 最高の睡眠のお供であり、もう日課と言ってもいいだろう。

 そして、今日も変わらず、ゆらちゃんは天使だ。


『それじゃあ今日も、あなたの疲れを癒すために、耳かきマッサージしていくねー』


「やっぱり一日の終わりは、こうしてASMRを聴いて寝落ちするに限るよなぁー」


 そんな独り言をつぶやいて待っていると、ゆらちゃんの準備が整ったらしい。


『今日は、梵天耳かきしていくよー。それじゃあまずは、私のお膝に頭を乗っけようか。せーのっ……よいしょっと……。えへへっ、私の膝枕の心地はどうですか?』


 最高でーす!

 つい叫びたくなってしまうのをぐっと堪え、胸の内で叫んでおく。


『痛かったら言ってね。フゥーッ……それじゃ、行くよー?』


 耳を温めるようにして軽い耳フーをしてから、ゆらちゃんはゆっくりと梵天を耳の穴の周りへ当てていく。



 シュル、シュル、シュル……。

 ザッ、ザッ、ザッ……。


『それじゃあ、早速お耳の穴に入れていくね♪』


 直後、ズボズボと梵天の綿が耳の奥へ侵入してくる。


『カキィーッ、カキィーッ、カキィーッ。どう、気持ちいいかな?』


「はぁ……まじで癒される。神過ぎるだろこれ」


 感動のあまり、そんな独り言がこぼれてしまう。


 ガリッ、ガリッ、ガリッ……。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ……。


『ふふっ、喜んでくれてるみたいでよかったー』


 安堵したように息をつくゆらちゃん。

 そんな些細な気配りまで出来て可愛いなぁー。


 ジョリ、ジョリ、ジョリ……。

 ガッ、ガッ、ガッ……。


『眠くなってきちゃったら、そのまま寝ちゃっていいからねー?』


 シュリ……シュリ……シュリ……。

 サクッ……サクッ……サクッ……。


 心地よい一定のリズムで優しくしてくれる梵天耳かきに、俺の全神経が幸せに満たされる。

 脳がトロトロに蕩け切り、ゆらちゃんの梵天耳かきを堪能していると、自然に意識は微睡の中へと吸い込まれていく。

 すると、脳内には、俺を膝枕しながら献身的に耳かきをしてくれているゆらちゃんの姿が現れる。


『ヨシヨシ、今日も一日お疲れ様。カリィーッ、カリィーッ、カリィーッ。コリッ、コリッ、コリッ』


 妙にゆらちゃんの太ももの感触がいつもより生々しく感じる。

 恐らく、奥沢さんに膝枕してもらったからよりリアルに体感出来ているのだろう。

 心なしか、ゆらちゃんの爽やかな柑橘系の香りまで漂ってきている気がする。

 完全にリラックスモードに入っていると、ぽそぽそ声でゆらちゃんが囁いてきた。


『おやすみなさい。大好きだよ……チュッ♡』


 ゆらちゃんのリップ音を聞き、幸せ度合いが最高潮に達した俺は、ふわっと身体が宙に浮かぶような感覚に襲われて、深い眠りへと落ちて行った。

 

 次の日に起こる災難など、知る由もなく……。

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