第8話 毛嫌いする妹
「ただいまー」
アルバイトを終えて、俺はようやく家に帰宅した。
玄関で靴を脱ぎ、重い足取りで自室のある二階へと上がっていく。
「あ“―疲れた。にしても、今日はマジで色々とありすぎたわ……」
朝から奥沢さんをナンパから助け、授業中のASMRボイス垂れ流し事件に至り、放課後には、奥沢さんにお礼として膝枕耳かきをしてもらい、バイト先では幼馴染の黒亜の下ネタが暴走して、姉の理恵さん叱られたりと、天国と地獄の波が激しい壮絶な一日だった。
にしても、まさかあの奥沢さんに膝枕されて耳かきをしてもらえる日が来るなんて……。
もう二度と訪れることはないであろう貴重な体験をしちゃったな。
途中から心地良すぎて寝ってしまったけど、奥沢さんの膝枕、マジ最高だった。
そんなラッキーイベントのおかげもあってか、ASMRバレという人生最大級のトラウマレベルの出来事があったにもかかわらず、心なしか身体は軽やかである。
これがやはり、リアルリラクリゼーション効果のおかげなのだろうか?
そんなことを考えながら階段を上っていると、視界に二本のしなやかな生足が映りこんでくる。
視線を上にあげると、腕を組み仁王立ちしながら、ツインテールに結んだ銀色の髪を揺らす、華奢な身体つきをした女の子がいた。
物珍しい光景を目の当たりにして、俺は軽く手を挙げて声を掛ける。
「よっ、よう
彼女の名前は、
寝間着姿の彼女は、嫌悪感丸出しの表情で黙り込んだまま、眉間に皺を寄せて俺を睨みつけている。
二人の間にピリピリと張りつめた雰囲気が漂う中、紫音が沈黙を破った。
「マジキモイんですけど……」
開口一番、毒舌な台詞を吐き捨て、まるで変質者を見るような視線を向けてきたかと思うと、盛大にため息を吐いてから、そっぽを向いて言葉を続ける。
「アンタさ、今日授業中に居眠りしながらASMR聞いるのバレて、スマホ没収されたらしいじゃない」
「な、なんで紫音がそのこと知ってるんだよ⁉」
「学校の先輩から聞いたに決まってるでしょ。しかも、聴いてたのがイチャラブシチュエーションのASMRボイスとか、マジでキモすぎるんですけど」
紫音は、容赦ない軽蔑の眼差しを向けながら、なおも口を開く。
「あのさ、これ以上私の顔に泥を塗るようなことしないでよね。あんたがそんないかがわしいもの聴いてるせいで、私の面目丸つぶれじゃない」
「なっ……別にイチャラブASMRはいかがわしいものではないだろ!」
そもそも、イチャラブ=エロという認識はおかしい。
もっと過激なASMRだってあるはずだ。
耳舐めとか、オ〇サポボイスとか。
「はぁ……。これだからASMR中毒者は……」
呆れたようにため息を吐く紫音。
「とにかく、これ以上何か学校で目立つようなことやらかしたら、ただじゃ済まないから覚悟しときなさい。社会的につぶされたくなかったら、せいぜい大人しく生活することね」
そう言って、紫音は髪の毛をさっと払い、くるりと踵を返し、そのまま自室へと戻ってく。
バタンと扉を無造作に閉め、部屋に閉じ籠ってしまう。
「……そこまで言わなくてもいいだろ」
確かに、ヤバいことをした自覚はあるけど、流石に言い方というものがあると思う。
まあでも、完全に俺のことを拒絶するような妹の態度は、今に始まったことではない。
妹は絶賛反抗期中なのだ。
そして、兄である俺を相当毛嫌いしているのである。
基本的に家で声を掛けられることもなければ会話をすることもない。
今日だって、何か月ぶりに言葉を交わしたのだろう。
久々に話したと思えば、俺に対する愚痴と罵倒の応酬である。
昔は『お兄ちゃんー!』とめそめそしながらべたべた引っ付いてきたというのに……。
紫音もまあ、そういう思春期の年頃に入ったということなのだろう。
兄としては、昔みたいに『お兄ちゃん♪』っと尻尾を振る犬のように頼ってきてくれると嬉しいのだけれど、現実は厳しいものである。
そんな、親戚のおじさんのような感慨に耽りつつ、隣にある自室へと入っていく。
今は妹のことは忘れて、これから行われる夜のお楽しみへ頭を切り替えることにした。
そのお楽しみというのは……
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