第2話 礼音の秘密
その日の昼休み。
俺は昼食を食べ終え、ぽかぽかとした陽気が心地よい、初夏の香り漂う五月の陽光を浴びながら、頬杖をついて教室内を眺めていた。
教室内は、お喋りに興じるクラスメイト達の声でガヤガヤと賑わっている。
今朝、ナンパから助けた奥沢さんも、クラスメイトと一緒にお喋りに興じていた。
そんな教室の喧噪をよそに、俺はポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して、両耳に装着する。
辺りに誰もいないことを確認してから、スマホで〇outubeの動画を検索して、とある動画を見つけ出す。
そして、再生ボタンを押して、誰にもバレぬようすぐさまスマホをポケットにしまい込む。
俺は、そのまま机に突っ伏してうつ伏せになり、昼寝を始める。
『こんばんはぁ~。夏川ゆらだよぉ~』
直後、両耳に装着したイヤホンから、『
『いつも来てくれてありがとう。今日も、君のお耳を優しく耳かきマッサージしていくよー。ゆっくりリラックスしていってね♪ それじゃあ早速、まずは左のお耳から耳かきしてくよー』
彼女の甘美でとろとろした可愛らしい囁き声が、俺の鼓膜を優しく包み込む。
今聴いているのは、配信者『夏川ゆら』の耳かきASMRのアーカイブ動画。
そう、俺が皆に言えない秘密とは、大のASMR好きであり、こうしてこっそり校内で聴いているということである。
ASMRとは、最近何かと話題になっている、視覚や聴覚を刺激して脳に快感を与えリラックスを促す効果のあるバイノーラル音声の事である。
その中でも、You〇ubeで耳かきASMRを中心に活動している夏川ゆらちゃんは、俺的に今最推しの配信者。
耳かきの腕前もさることながら、一瞬でリスナーを
すると耳元で、カランカランとガラスビンに何かが当たる音がイヤホン越しから聞こえて来たかと思うと――
『ふぅーっ!』
「⁉」
突如ゼロ距離で吹きかけられる、ゆらちゃんの吐息。
いわゆる『不意打ち耳フー』を受け、俺は耳がこそばゆくてゾクゾクしてしまう。
『ふふっ……びっくりした? ちょっと悪戯しちゃった♪ それじゃあ早速、左耳から耳かきしていくねー!』
リスナーをからかうお茶目っ気を見せつつ、ゆらちゃんは終始楽しそうな様子で、俺を癒しへと導いてくれる。
『それじゃあ……行くよー♪』
刹那――
ザッ、ザッ、ザッ……ガリガリガリ。
一定のリズムで耳を刺激してくる、心地よい綿棒の擦れる音。
『ぐりぃ~ぐりぃ~ぐりぃ~。どう、気持ちいい?』
うん、気持ぢぃ!!
っと、つい声を出したくなるほどの快感が耳奥を襲う。
今ごろ俺の顔は、デレッとだらしなく緩み切っているに違いない。
こんな緩み切った気持ちの悪い顔、誰にも見せられないに決まってる。
『コリィ~コリィ~コリィ~。ふふっ……気持ちよさそうな顔してるね』
はい、気持ち良い顔してますぅ!
俺は完全に、ゆらちゃんに翻弄されるM男と化していた。
『ふふっ、それじゃあ今度は、反対側のお耳を掃除するから、ゴロンしようね~♪ はい、ごろーん』
優しい声で促され、俺も首を反対へと動かす。
『えっ……膝枕して欲しい? もう、甘えん坊さんなんだから。仕方ないなぁ……ほら、私の太ももに頭置いて? いくよ? せーのっ……! はーい、よくできました。どうかな、私の太ももは?』
めっちゃ心地いいー!
まるで本当に、ゆらちゃんが膝枕をしてくれているかのようだ。
一語一句丁寧にシチュエーションを重視してくれるのが、彼女の配信の特徴でもある。
にしても、ゆらちゃんの膝枕かぁー。
本当にしてもらったら、きっと柔らかくて弾力もあって、最高なんだろうなぁー。
そんな妄想を膨らませながら、俺はゆらちゃんと二人だけの世界に入り込んでいく。
『ふふっ、君の顔、緩み切っちゃってて可愛い♪ それじゃあ右耳も優しく耳かきしていくねぇー』
今度は右耳に、ゆらちゃんの気配が近づいてきて――
ジョリ……ジョリ……ジョリ……ゾッ……ゾッ……ゾッ……。
一定のリズムで右耳へ至福の心地よさが伝わり、自然と身体の力が抜けていく。
『ぐりぃ~ぐりぃ~ぐりぃ~……ゾクッ、ゾクッ、ゾクッ……』
綿棒で耳を掻きながら、耳元で擬音を実況中継するように囁いてくれるゆらちゃん。
はぁ……脳が蕩けていくよぉぉぉー!!!
もうゆらちゃんに膝枕されながら耳かきとか、今死んでも悔いはない!
それほどに、ゆらちゃんの膝枕耳かきは、日ごろのストレスを忘れさせてくれて、心まで浄化してくれるのだ。
次第に俺は、耳かきの心地よいリズムにうなされて、眠気に襲われる。
重くなった瞼を閉じれば、暗闇に浮かんでくるのは、真っ白なネグリジェに身を包んだゆらちゃんの姿。
肩甲骨まで伸びる真っ直ぐな茶髪の髪を靡かせ、優しい頬笑みを浮かべながら、献身的に耳かきをしてくれている。
俺の脳内はもうトロトロに蕩けきり、段々と意識が遠のいていく。
ゆらちゃんの温もりに包まれながら、俺は深淵の奥へと吸い込まれていき――
スポッ!
刹那、突如両耳に差していたイヤホンが外され、脳内に浮かんでいたゆらちゃんが目の前から消え去っていく。
意識は現実へと強制的に引き戻され、俺は不機嫌な気分で目を覚ました。
「んだよ……せっかくいいところだったのに」
ぶつくさ文句を言いながら、顔を上げると、見上げた先にいたのは、俺よりも数倍イライラした様子で、眉間をひくつかせている数学教師の姿だった。
ヤベッ、オワタ……!
俺が感じ取ったのは、危機だった。
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