第31話『恋はジャスミン』
小柄なハルくんがその大きな鞄を両腕で抱えると、ちょっと不思議なアンバランス。だが、それが可愛い。
「それでは、確かに……」
きゅっと唇をつぐみ、真剣な眼差しで私たちを見、小さく頷きます。
男の人の決意に満ちた眼差しは、それだけで尊く感じられ、それがまた不安を芽生えさせるのよね。いけないわ……
「重く……ないですか?」
「平気です! 本日は、ありがとうございました!」
そう、はっきりとお礼を述べ、にっこりと。
なんて晴れやかな笑顔でしょう!
でも、あの鞄の中に、金貨の包みが合計十九包。非力な二本足の人族にとって、ちょっと大変かも。
私たちの下半身は、腰の辺りからその骨と筋肉の組織がそのまますうっと尻尾の先まで細まって続くから、筋肉量からして全然違うわ。あんなにほっそりとした二本の足なんて、ちょっととぐろを巻いたら、ぺきって枯れ木みたいにへし折れちゃいそう。
そんな危うさを抱きながら、元気な足取りで裏木戸をくぐって出て行くハルくんを見送ると、思わずほおっとため息が。
「行っちゃった……」
ほんの短い時間だったけれど、不思議な瞬間だったわ……
これまで、大なり小なりやせこけた野良犬みたいな人間ばっかり見て来たから、とっても新鮮。毛並みがまるで違うって感覚なんです。
ふうっと心が数刻前の思い出にたゆたうわ。
彼の純朴なイメージが、殺伐としたこれまでの闘いの日々に、ミントの穏やかなそれでいて鮮烈な香りとなって吹き抜けて行く様……吹き抜けて……ぞわり。うわああ~、ま~たキラキラさんやデカハナさんのイメージがぬうっと私の中にぃぃぃぃぃ!?
「たはっ!?」
「ど、どうしたで御座るか?」
思わず地面に手をついて、肩で息をしちゃしますよ~!
咄嗟に背中をさすってくれるミカヅキ。何て優しいの。
「あ、ありがとう。もう大丈夫だから……」
「やっぱり変で御座るよ? 昨夜、本当に何があったで御座るか?」
「私……呪われてるかも……」
「ええっ!?」
「ごめん。忘れて。言ってみただけだから」
「の、の、呪いで御座るか!? 本当なら大変で御座るよ!」
また、指先でカリっと左肩のコインを引っかいてみる。取れないわあ~……
変に心配かけちゃったわ。いけないいけない。
「大丈夫だから」
本気で心配してくれているミカヅキに、安心する様に精一杯の笑顔で応えるわ。
ま~、それに引き換え、ジャスミンたら。
見れば、木戸から上半身を乗り出し、いつまでも手を振っているじゃない!?
ハルくん全振りで、本当に羨ましい事……
そんな気持ちでジャスミンを眺める私。そんな私を、心配そうに眺めるミカヅキ。そんなジャスミンが、くるっと振り向いたと思ったら、全力でダッシュ。私の目の前に滑り込んで来たの。
「お願い! 私、ハルくんとちょっとでも長く一緒に居たい!」
「わわわ!?」
思いっきり両肩を掴まれて、前後に揺さぶられてしまった。がっくんがっくん。
それをぽか~んと眺めるミカヅキ。
切実な青い瞳が、全力で訴えかけて来る。
この子のこんな表情、初めて見た……
「ねえ! あなたなら、出来るんでしょ!? お願い!!」
な、何でその事を!?
「あ~……」
遠い空を眺める。わあ~、白い雲があんなに高うぃぃっ!? も一度揺さぶられがっくん。
「お願~い……」
「わ……かりましたあ……」
マジだわこの子。マジ睨み。産まれてこのかた十数年。いつもへらへらしてて、な~に考えてるか判らない系の子だったけれど、いつの間にか大人になってたって事かしら?
これ以上だと、私を引き裂いてでも……
ベルトポーチから、二枚の金属板を取り出しました。
薄い金の延べ板です。
一枚の板をベースに、魔法を書き込んである奴。その上に保護としてもう一枚を重ねてコーティングした物。
まだ試作品だから、色々と調整したい所だけど、これだけお願いして来るんだから、何かあっても自己責任よね? し~らないっと♪
「これ?」
「両方の腕を」
「あ、は~い」
差し出されたジャスミンの細く白い腕に、その板をくっと丸めて腕輪にします。
「こっちが、幻覚魔法。基本、下半身を人に見せるイメージが定着してるわ。で、こっちが認識疎外の魔法。何か変だな~ってのを、誤魔化す程度のごくごく弱い効果しか無いから。二つ合わせてあの、馬車のランタンと同じ効果よ。試してみて」
右と左、順繰りに腕輪の効果を教えてあげるわ。
ジャスミンもミカヅキも、その二つの腕輪を食い入る様に見つめます。
「そ、それがしの分は!?」
「ごめんなさい。それ、試作品だから、一組しか無いの」
「がが~ん……」
「悪いわね~ん♪ で、どうやって発動させるの?」
ふふ~んと嬉しそうに目を細めるジャスミンに、私はくるりと背を向けて馬車の中へと。
「ちょっと待って。こっちの効果を切るから。そうしたら、その二つを合わせてコマンドワードを言ってみて。それは『変身』だから」
今、この廃墟は通りから別の幻覚で守られている。
馬車ので見せてる、私たちへのそれとは別に、見られても平気の筈。
「いい。いくわよ」
「うん!」
「い~な~……」
わくわくが止まらないって顔で身構えるジャスミンと、それを羨ましそうに眺めるミカヅキ。
そう、しょんぼりしなさんなって。あなたにも、もっと良い物を作ってあげるから。
ピッと幻覚が消えると、私たちの下半身は蛇のそれに。
「変身!」「
カチッと腕輪を交差させたジャスミンは、そこからあふれ出る光に目を細め、それから天を祈る様に仰いだわ。
ほんの数瞬で光は収まり、私たちの目の前には、すらりとした二本足を持つ、黄色いワンピース姿の人族の娘が立っていました。
うん。腹立たしい程に、可愛いじゃないか!
「わあ~! ありがと~、お姉ちゃ~ん!」
「現金だ事」
ひょいと抱き付いてくるジャスミンを受け止めながら、やれやれと苦笑するしか無い私。
まぁ、これで何事も無ければ良いのだけれど……
「じゃあ~、行ってくるぅ~!」
凄い勢いで飛び出すジャスミンを見送り、残された私とミカヅキは微妙な表情でお互いに顔を見合わせました。
「大丈夫で御座ろうか?」
「大丈夫なんじゃない? あの子の事なんだから」
「え~っと、それがしは何をすれば……」
「うん。悪いんだけど、ちょっとの間、見てるだけね」
手持ちぶたそうに頭の後ろで腕を組むミカヅキに、私は肩をすくめておどけて見せるわ。だって、本当にここからは見ているだけになっちゃうんだから。
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