第29話『ラミア、廃墟を買う』

 流石に八件目ともなると疲れて来ます。


 馬車は次第に商工地区から外れ、賑わいも遠ざかって行きました。

 段々と住宅街の裏方へ。表通りは一階が店舗で二階以上が住宅になってる所がほとんどですが、今、私たちが馬車を進めているのは、その裏手の少し細い通り。

 建物の裏手は、高い塀に囲まれた庭になっているみたいで、うらぶれた土塀や木の塀が続いています。

 商工地区は、にかわや染料を煮込んでる様な、結構きつい匂いがいっぱい立ち込めていましたが、ここいらに来ると、何とも香ばしい香りがして来ました。


 あんまり良い匂いなんで、すんすんすーんと鼻を鳴らしてると、ハルくんに笑われてしまいました。


「あははは。シュルルさん。この辺は。ベイカー街ですよ。朝食と夕食に向けて、大体一日二回、パンを焼くんです。そして、家の人が取りに来るんで、朝と夕方に賑わいます」

「あらあら。パン焼き職人の街なんですね? 道理で良い香り」

「お腹が空いて来ちゃった~」

「それがしも。パンもなかなかに良い物で御座ろうなあ~」


 丁度良い時間に来てしまったみたいです。

 何本も並んで立つ煙突から、もくもくと煙がたなびいています。あれが全部、パンを焼く煙なんですね。ヤバいですね。


「表通り全部がですか?」

「はい。ここでは予め粉を買って預けておいて、決まった量を焼いて貰うんです。その手間賃をパンと引き換えに支払います。大体、ここの相場は銅貨で三、四枚。薪代を考えたら割安なんですよね」


 そっか。普通、火を起こすのも大変だものね。

 田舎の町だったら、竈の管理は奥さんの大切な仕事の筈なんだけど、街が大きくなると、そんな事でも商売になっちゃうんだなあ~……


 薪にしても、そこいらから木を切って持って来るって訳にもいかない訳ですよね?

 多分、色んな人の手を介して、ここまで運ばれて来るんでしょう。

 小麦粉も然り。


 街でお店を開くのって、大変~!!


 単純に、姉妹が狩った獲物を分けて貰い、街でバラして売れば良いと……


 いや、いけるよね?


「では、ここの物件ですが……そこに寄せて戴けます?」

「はい。どうどう」


 ガラガラリ。

 とある一件の裏木戸前に馬車を寄せました。

 高いと言っても、せいぜい二三メートル程。私たちなら、そのまま乗り越えられますが、人族はちょっと難しいみたい。その為に造られたものですからね。当たり前なんですが。


 ハルくんは御者台で立ち上がり、精一杯背を伸ばして、裏木戸の端に巻かれた綱を解きました。

 成程、出入りはそうやるんですか。


 裏木戸がキイイっと開きます。

 私はそのまま馬車を入れるのですが……


「な、何コレ!?」

「わっは~!?」

「いや、これは酷いで御座る!」


 裏木戸をくぐって入った裏手は、そのまま表通りへと吹き抜けになった廃墟でした。

 建物はそのほとんどが崩れ落ちていて瓦礫の山となっており、辛うじて右手の壁際に大きな窯が三つ、並んで建っています。

 左右の建物の外壁も、煤で真っ黒に。


「ぎゃ!?」

「はわわ」

「ひえ、やば!」


 ぱたたたた。

 私たちが入って来ると、浮浪児らしい子供が数人、慌てて逃げていきました。

 崩れかけの瓦礫が、雨風を凌ぐ屋根になっていたみたい。

 あれれ? この街で、浮浪児?


「捨て子やみなしごも、結構多いんですよ。港ですから、船が嵐で沈んだりすると……」

「あ……」


 思えば、着ている物もボロボロだったけど、手足も細くてひょろひょろしてました。

 何を食べてるんだろう?

 海に行けば、海藻や貝くらいは採れるかしら?

 すきっ腹を抱えて、こんなに良い香りのする所に寝ているだなんて……冬はどう越して……


 そんな事を考えながら、あの子らが消えた先を目で追っていると、流石のハルくんも苦笑い。


「ご覧の通り、ここは元パン焼き職人の仕事場だったのですが、火事で焼けてしまいこの有り様です。家主は訳あって、海の向こうに旅立ってしまい、そちらからの依頼です。土地代だけになってしまいますが、瓦礫の撤去や新しく建屋を建てなければならないので、ちょっとお勧めじゃ無いんです」

「それって、国外逃亡で御座ろう?」

「まあ、そうとも言います」

「訳アリ物件ばかりね~♪」

「それは……」


 ジャスミンの無邪気なつっこみに、コホン。


「街から出て行かれる方には、それなりの事情がおありなのです。折角、街中で商売をする権利を持ってらっしゃったのに、それを手放すのですから。大変な決断だったと思いますよ」


 多分、街の出入りには税がかかるから、どうしても物の値段が高くなるわ。

 港町だから、遠くからの珍しい産品もあるでしょうし、船の輸送だから効率も抜群に良い。そういった品を仕入れた行商人のおっちゃんらが、田舎の方へそれを運んで良く売りに来ていたんだけれど……


 きっと、ここでは扱う量が違うのね。


「お話を伺ってると、ギルド内の対立や、地回りのヤクザとの関係悪化がほとんどって感じですけれど、ここもそうなんです?」

「はい。何でも、薪の仕入れ価格で揉めたみたいですね」

「薪?」


 ちょっと考えてしまいました。

 だって、薪って荒野だったらタダ同然で拾って来る物だし、田舎の村でも似た様なもの。小さな町になって、ようやく木こりが一束幾らで売りに回る程度。


「薪はどこから?」

「この地区はギャングが仕切っていて、そこの焼き討ちにあったんですよ」

「ギャング?」


 聞きなれない言葉です。


「はしけの人足集団ですよ。渡し板の事をギャングって言うんですけどね。場所ごとにどこが仕事を受けるか決まっていて、一言で言うとヤクザですね。最終的にはここの主人を中心に、仕入れ先を変えようとしたらしくて」

「見せしめに?」


 こくり。ハルくんは黙って頷きました。


 つまりは縄張りをよそに取られそうになった抗争劇か……


「それは逃げますね」


 にっこり。

 正に力こそ全てって感じ。なかなかにハードモードだわ。

 でも、そうなると……


「ちなみに、この街の肉屋ギルドはどんな感じなのかしら?」

「え? ご存じない?」


 ピタリ。ハルくんの表情が固まります。


「ご存じない? 私はてっきり……お身内の方なのかと……」

「いいえ。ただ、行商人の方が、うちのハムを良く買っていって下さって、出来たら都でもと……」

「どうしたの~、ハルくん?」

「むむむ……で、御座るか……」


 そして、とても歯切れが悪そうに話し始めました。


「この街には、肉屋が一件しか無いんです。イキリ屋さんと言って、大店です。この街が出来た時からのお店だそうで、肉屋ギルドと言ったらイキリ屋さん。イキリ屋さんと言ったら、ギルド長さんなんですね」

「はあ~?」

「魚や鳥は、別にどこが売っても構わないんですが、四つ足の獣の肉は肉屋ギルドさんが全部扱います。だから、どの飲食店も肉屋ギルドから、つまりはイキリ屋さんからしか肉の仕入れが出来ないんですね」

「はあ~?」

「で、ギルドの決まりなんですが……」


 と、そこでハルくんは一枚の羊皮紙を鞄から取り出しました。

 最初の一文で、あまりの事に私、目を剥いてしまいます。


「売り上げの十割をギルドに納金する事~!!?」

「お分かりになって戴けましたか? その最初の一文が、この街に肉屋がイキリ屋さんしか無い理由なんです。肉屋と言ったらイキリ屋さん。それ以外には存在しえない訳なんですね」

「いや、これは酷いで御座るよ!!」

「あら~、ミカちゃん。文字読めるの~?」

「読めるで御座る!! これはびっくり仰天の内容で御座るよ!!」


 私の傍らで、二尾も興奮気味に羊皮紙を見入っています。

 騙された……訳じゃないけど、これは酷い! 酷い……けど……


「ハルくん。お肉って、調理した物はどこが売って良いのよね?」

「飲食店ギルドがありますけれど、屋台は場所さえあれば誰でも出来ますよ。勿論、ショバ代は納めなきゃいけませんけれど」

「飲食店と屋台の区別ってどこで区切られてるの?」


 私の質問に、ハルくんはその意図を掴みかねてるみたい。不思議そうに目を泳がせながら、思い出す様に答えてくれました。


「えっと……店内に席があるお店は、飲食店ギルドに加盟しなきゃいけないみたいですよ……それ以外は、屋台じゃないですか?」

「じゃあ、お肉料理を売るだけのお店は?」

「中で食べさせる訳じゃ無ければ、屋台ですね」

「それだわ!」


 ひ・ら・め・い・た!


 きょとんとするみんなに、私は思わずガッツポーズ!


「肉屋が開けないなら、肉料理を売るお店を作れば良いじゃない!? 客席が無ければ、飲食店ギルドにも加入しなくて済むのなら、屋台と一緒! いっその事、新しいギルドを作っちぇば良いのよ!!」

「「「うええええええええええええええ!!?」」」


 みんな揃ってひっくり返りました。

 何おかしな顔してるの?


「ハルくん! ここ幾ら!?」

「え? こ、ここですか!? 金貨五百枚ですけど……」

「買った!! 即金で!! その代わり、新しいギルドの開設手続き、お願い出来る!?」

「そ、それは別料金で?」

「勿論!」

「やります!! 手続き、根回し、諸々でプラス金貨五百!!」

「高い! 負けて!」

「四百八十!」

「四百!」

「四百七十!」

「四百十!」

「いやいや、四百六十五!」

「刻んで来たわね!? 四百三十!」

「いや勘弁して下さい、四百六十!」

「もう一声! 四百四十!」

「んんん~~~、四百五十五!」

「仕方ないわね~、四百四十五!」

「も~、お城のてっぺんから飛び降りた気になって、四百五十! どうです!?」

「切りが良いわね! それでお願いするわ!」


「「ふん!」」


 互いにぐっと握手。熱くなって、額をつうっと汗が流れたわ。ふっふっふ~。


「な~にやってんだか~」

「こ、こんな場所に金貨五百枚で御座るか!? 正気の沙汰では御座らんぞ、姉上!」

「あ~、五月蠅い」


 私は慌てて、幻影を張りました。

 ここから先は、何か和やかに談笑してる感じにしか見えない筈。

 だって、変なギャラリーが表通りからこっちを眺めているから。


 くっと腰に手を置き、ぴ~んと胸と尻尾を張ります。私、閃いちゃったんだもの!


「良い? あなた達。ここは朝と夕方に、パンを取りにいっぱい人が通るのよ。そこで、お肉料理を売って御覧なさいな?」

「ついでに……」

「買ってぇ~……」

「帰るで御座るか!?」

「そう!! 自宅でパンを焼かない様なものぐさな家は、料理だって……」

「「「ああ!?」」」


 そこで私はふふんと鼻で笑う。自信満々に。


「ここには、良い~銭の匂いがする!!」


 あっ!? 何かうつっちゃった!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る