第28話『冒険者だけはいけない!』


 次で五件目か~。


 どうしてこうなってるの?

 妙な虚脱感が私を支配していました。まだ何も始まってないのに、終わってしまった。

 よ~よよよよよ……


 いや、相手は人だよ!?


 私の左隣で、ハルくんとジャスミンが楽しそうに話し込んでる。

 きゃっきゃうふふと、何か違うオーラを振り撒いてる。

 あそこに斬り込んで行けるのは、おとぎ話の勇者だけだわ。


「あ! 次はそこの角のお店です!」

「わ、はーい!」


 ここでハルくんからの不意打ちです。慌てて手綱を引いて馬車を停止させました。

 あーびっくりした。


「え? でも、あそこって……」

「そうなんですよね。あ、あんまりじろじろ見ない方が良いですよ」

「何あれ。ハルくん怖~い」

「あああ、すいませんすいません!」

「ふむ。こうするで御座るか……」


 ああ、もう疲れた。ジャスミンのハルくんへの濃厚なスキンシップは見ない様にして、私は帽子のへりから覗き込む様に、角のお店を少し遠くから眺めました。


 ここは数件の飲食店が軒を連ねる、いわゆる繁華街って感じですね。

 昼間から、食事やお酒を楽しめる一般的なお店って感じかしら?


 そこは、表通りまでガラの悪い、いかにもヤクザ者らしい男の方々がお酒を楽しんでらっしゃるわ~。窓の鎧戸も、壊されて斜めになって、辛うじてぶら下がって揺れていたり、一体何が……


「あそこの店主さん、質の悪いのに目を付けられましてね、もう一週間ほどあんな有様でして……」

「で、お店を手放したいと?」

「はい……立地は良いんですよ。今なら格安ですし。私なら冒険者ギルドに依頼して、解決して貰うところですが……」

「ギルドがあるんでしょう? 組合は何もしてくれないんですか?」

「まあ、そういう訳なんです」


 ああ、そういう……

 ギルド内部のごたごたで、裏に手を回されてお店を潰されそうになってるって処かしら?


「街の兵士は?」

「はい。このエリア担当の騎士団にも、きっと……」


 そういえば、この街って複数の騎士団が持ち回りで巡回してるんだっけ。特に、海から侵入するモンスター対策で。

 私も駆逐されかけたし。

 ぐすん……


 聞いちゃいたけど、あんなに強いなんて聞いて無かったわよ!

 わわわ。ぞくぞくって来ちゃった!


「うう~……」

「ですから、冒険者を雇えば、何とかして貰えると思いますよ。ヤクザ者にはヤクザ者です。あそこはお金さえ払えば、どんな事でもしてくれますから」

「ぼ、冒険者にお支払する様な、お金は持ち合わせてないです!」

「え?」


 思わず強い口調で。

 意外な顔をされてしまいました。

 でも、結局、連中の飲む打つ買うに使われると思うと、それはそれで腹立たしいじゃないですか!? あんな連中は日干しになれば良いんですよ!


「ぼ、冒険者の様な、裏家業の人間を雇う気にはなれませんの」

「お気持ちは分かります。ですが、そういった類の人間にも、ある程度の関係を持っておかないと、この街では苦しいですよ。ここだけの話、裏では『悪獣会』という連合組織があって、裏からこの街を支配してるとかしてないとか」


 と、そこでハルくんは声を押し殺して、いかにもな顔をして来ました。


「悪獣?」

「はい。表に出て来る事は、滅多に無いんですが、何でも『悪十会』とも言って、十人の頭目が居るらしいんです。冒険者ギルドのギルド長は、その頭目の一人だって噂なんです」

「へえ~、冒険者ギルド、こわ~い」

「あ、あはははは……」


 ああ、もう! 過度なスキンシップが目に余りますわ! ぷい。

 ミカヅキもミカヅキで、腕を組んでさっきから頷いてばっかりだし。


「で、御座るな……冒険者ギルドには近付かないでおくで御座る……」

「はいはい。冒険者は怖いわね」


 だから、こういう時にお世話になっておけば、後々も守って貰えるかも……ですか……


 地回りのヤクザ者と何が違うのかしら?

 傭兵ギルドや、海賊ギルド、盗賊ギルドなんかと同類だし、構成員はどうせ掛け持ち。根っこは金で何でもする連中である事には、何ら変わらないわ。どうせなら、盗賊ギルドみたいにこっそり営業してれば良いものを、堂々と表通りに大店を構えてらっしゃる。


「ま、あくどいわね」

「あ、はははは……で、如何でしょう?」

「取り合えず、次をお願い致しますわ」

「ですよね。了解致しました」


 ハルくんは、少し残念そうに目じりを下げるのだけど、こればっかりは譲れないわね。


 人族の社会は大なり小なりどれも同じもの。表があれば裏がある。

 王侯貴族が居る様に、裏には裏の貴族がいるわ。

 詐欺師ペテン師冒険者、それぞれに頭目と目する者が彼らなりの秩序を保っているもの。そこから外れた者は、ある朝、路地裏で冷たくなっているわ。

 あれらは大樹にたかる白アリの様なもの。白アリは、何も産み出さない。それでも大きな目で見れば、全体の営みの一つとも言えるのだけれど……


 冒険者だけはいけない!


 そんな想いを新たにして、私たちは次の店舗候補地へと向かうのです。


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