第24話『ここは人間牧場』


 門を抜け、人が続々と街の中へと吸い込まれて行きます。

 大多数が荷馬車を引く商人や大荷物を担いだ旅装束の人たち。

 中には武装した、如何にも傭兵や冒険者と言った、危険な生業の者も目に付きます。


「人、多いねぇ~」

「多いで御座る……」


 大勢がぞろぞろと行き交う様をぼんやり眺め、荷台のへりに顎を乗せた姉妹たちは、尻尾の先でぺちぺちと私の背中を叩いて来ます。お返ししたいところだけど、私の尻尾は御者台の下にある隠しスペースにすっぽり収まってるので出来ません。


「まあ、良いんだけど……」


 ぺちぺち。



 人族と一口に言っても、いっぱい居るのよね。

 この辺では一番に数の多いヒューマン。人、人間って言うと彼らの事ね。

 で、山や丘に穴を掘ってるドワーフやらの小人族。

 それから、精霊に近い妖精族。


 人族の街に出入りしてるのは、大概この種族。

 他にも、オークやゴブリン、コボルトとか数の多い種族はあるけれど、この辺だと森や荒野で少数を見かける程度よね。


 あいつらは狩猟民族だから、農耕民族の人族がはびこると、縄張りを失ってどんどん追いやられていくって感じかしら? それで数が増えすぎて、獲物が足らなくなるとこっちの縄張りに手を出して来たり、人族の村を襲って略奪したりする訳よね。


 だから、普通は人族の街にオークは入れない筈なんだけどなあ~……


 実際、居ないし。


 人の賑わいを見渡しても、普通にオークさんはいませんね。


「それにしても……」

「ん~?」

「どうしたで御座る?」


 ふとした呟きに、反応されたわ。

 にょろにょろっと私の両肩に顔を出しました。


「ん~、あのね。ほら」


 そう言って、街をぐるっと囲む外壁を指さしました。

 それを目で追い、きょとんとする二尾。


「「?」」

「ほら、こうして見ると、人族の街って、実は大きな牧場みたいじゃない? あれが柵で、番犬の兵士が居て、中には大人しい人族が犇めいてる。さながら『人間牧場』♪」

「「人間牧場?」」


 う~ん、我ながらナイスアイデア。


「私たちは、そこに迷い込んだ蛇さんね」

「毒蛇~♪」

「イカサマイカサマ」

「ひっどーい。自分でそれ言っちゃう?」

「ぱっくり、食べちゃうぞ~」

「あははははは」


 ワイワイがやがや。目の前を、様々な装束に身を包む、老若男女が楽し気に行き交うよ。

 こんなに昼間は穏やかな街なのに、毒蛇は無いわよね?

 無邪気にじゃれつく二尾に苦笑しつつ、私は改めて捕食者の目で人々を見る。

 すると、穏やかに生きている分、野性味が無いから全体的に肉がしまってないのが難点かな? で、肌の色艶を見れば、大体判る気がします。その皮の下に、どんな中身が詰まっているのか。

 脂っ気が多いと、ちょっとね。

 汗の匂いが伝えて来ます。何を食べているのか。どんな味がするのか。


「無理して食べるものじゃ無いわね」

「こわ~♪」

「ガクブルで御座るよ~♪」


 さあ、だべりはここでお仕舞いと、パンパン手を叩いてから、手綱を握り直します。


「さあさ。そろそろ行きましょうか?」

「どこへ、どこへ~?」

「何かあてがあるで御座るか?」


 そんな二尾に、私は鼻でふふんと笑います。もちのロンじゃないですか?


「しょ~がないわね~」

「む~、隠すな~!」

「むむむ……さては図ったな!?」

「何を?」

「色々とで御座る!」

「ふふ~ん……」


 ちらり、好奇心いっぱい、お目目キラキラのジャスミンと、眉間に皺を浮かべながら口元は不敵に笑うミカヅキを交互に見比べます。

 まあ、いずれ分かる事だからね。


「人を雇いました。これから落ち合います」

「シューレスさんだ~!」

「違います」

「つまり、昨夜デートした相手で御座るな!?」

「違います」

「むう~! ヒント! ヒント! ヒントを頂戴~!」

「いや、ちょっと待つで御座る! あ、ああ、あれで御座るよ! あれで! あああ!」


 あんまりなもので、思わずクスクス笑っちゃいますね?


「ヒントも何も、私だって会った事無い人なんだから」

「うっそ~!?」

「いやいやいやいや。ではどうやって会うで御座るか!?」


 ピシリ。馬に鞭をくれて、進みながら話す事にしました。


 ぽくぽくガラガラ。人の流れに合わせて、荷馬車がゆっくりと進みます。


「あのね。この先に、昔の英雄さんの像があるらしいの。そこで、今日のお昼過ぎにって約束してるのよ」

「ズバリ。相手は男ね!」

「むむ、その心は!?」

「何となく~」

「あははははは」

「なあ~んだ、ジャスミンはあてにならんで御座るなあ~」

「ちょっ、失礼ね~! せめてお姉ちゃんって言って御覧なさいよ~」

「嫌で御座る。断固拒否で御座るよ」

「あはははははは」


 そうこうしていると、馬車は街のちょっとした広場に差し掛かります。

 円形のそれは、中央に噴水があり、その中心に黒い戦士らしい像が立っていました。

 初代カラシメンタイコ公国公主クラータ卿。異国の王子様で、軍勢を率いてこの地を根城にしていた海賊帝国を粉砕した建国の英雄ね。


「何かの虫かしら?」

「や~、気持ち悪いわ~」

「虫は脱皮するから、武人には演技が良いとされてるで御座るよ。トンボとか」


 その甲冑は、何か昆虫めいたディテールで、そのマスクが巨大な複眼に、大きな顎と言った感じで、とても珍しいデザインでした。

 左腕を腰に置き、右手は高々と剣を……棒状の剣?


「あんな剣、見た事無いな~」

「へ?」

「指揮棒では御座らぬか?」


 あ、軍勢率いてたんだっけ。そういえば腰に鞘も無いし、武装してない英雄の像?


「もしかして、シューレス様の奥様ですか?」

「はい?」


 不意に声をかけられ、慌てて声のした方へと首を巡らすと、そこには何ともぽっちゃりとした、大人しめの若い男性がいつの間にか立っていました。



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