第23話『言わないで』
魂が抜かれた気分で、私は彼の話を唯々頷きながら聞いていました。
「では、仮の滞在という事で、一週間。費用はお一人銀貨一枚に、馬一頭と馬車一台で、計銀貨四枚と銅貨二十枚戴きます」
「ハ、ハイ……」
ふらふらしながら、目の前のキラキラさんにお金を払い、サインを。
自分の名前? 初めてのサインです。どういうつづりで書いたのやら。それで三人分の滞在許可証が発行されました。
街の中に入るには、人頭税を払わなければなりません。
馬や馬車などの財産にも持ち込みにはかかるのですが、それも中に居る市民とは区別されてるみたい。
要は、変な人は入れない。経済的に困窮している人は入れない。
それなりに財があって、身なりがしっかりしている人で無ければ入れてくれないんです。
私の場合は、知り合いになった行商人から買った紹介状で、新しく街の中で商売をしたい人物との保証をして貰った訳ですね。
「それではシュルルさん。きっと良い滞在になりますよ」
「ア、アリガトゴザマス……」
「ありがとうございまーす! ジャスミンでーす!」
「感謝致す……」
カクカクっとお辞儀。
ジャスミンが燥いで、私を乗り越える勢いで飛び出してます。嫌な予感しかしません。ヤバヤバですね。
ピシリ。馬に鞭を入れて、早々に退散ですよ。
「あっ、あっ、あーっ!!」
叫びながら、後ろに回ろうとする彼女の尻尾を、片手でむんずと掴みます。飛び出さん勢いじゃないですか。魔法の範囲から飛び出したら、即バレですよ。危険過ぎ!
馬車は進むよ、前へ前へ。はいはいどーどーはいどーど。
「何よ! もうちょっとゆっくり行っても良いじゃないの~!」
「ソウネゴメンナサイネ」
「何かゴージャスな方で御座ったな? 知り合いで御座るか?」
「ソウネヨクシラナイワ」
「あたし決めた! あの人にする!」
「ソウネヤメトイタホウガイイワ」
「むむむ……如何致した? 先ほどより、様子がおかしいでは御座らぬか?」
「ソウネゴメンナサイネ」
ジャスミンとミカヅキは、二尾で顔を見合わせ眉をひそめます。
「分かった! あんた、最初からあのオスを狙ってたのね!? だから反対するんでしょ!? 正直に言いなさいよ~!」
「な、何と!? そうで御座ったか!?」
むんずと私の肩を掴んでゆするジャスミンに、手綱さばきが乱れるわ。馬車も左右にふらふらと。
な~んて、恐ろしい事を口にするのかしら、この子は!?
手綱を引いて馬を止め、振り向こうと思うのだけど、何かメッチャ首が回らなくて、ギギギギギと変な音が頭の中に響きます。そうしながら、何とか後ろを振り向いたのですが、二尾の顔がみるみる青くなって行きました。
「ヤメテオキナサイ……アレハフツウジャナイノ……」
「「ひ、ひぃぃぃぃ!?」」
「アレハフツウジャナイイキモノ……」
「や、止めてぇっ!!」
「お、お、落ち着くで御座る! 姉上! 落ち着くで御座るよ!」
ちょっと失礼じゃない? 顔を見て、そんなに引きつるなんて。
抱き合ってガタガタ震えるって、風邪でもひいたの?
きっとあいつの好き好き光線の性ね! 精神攪乱系の魅了の輝きを、あんな無自覚に放射し続けるなんて、なんて恐ろしい魔人なの!? 早速、姉妹の一尾が奴の毒牙に!
「ス、スコシヤスンデイキマショウ」
「わ、判った! 判りました~!」
「変わってしまった。姉上は、変わってしまわれた。昨夜、一体何が……?」
びく!
尻尾の先から、ぞぞぞぞおっと震えが走ります。
思い出したくない、封印したい記憶が、まざまざと蘇っちゃいます!
「止めて! その事は言わないで!」
「「やっぱり、言えない様な事をされてるぅ~!!?」」
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