第25話『マーカライト商会』
「もしかして、シューレス様の奥様ですか?」
「はい?」
噴水の前で声をかけて来たのは、少し小じんまりとした小さな紳士でした。
黒い燕尾服にまあるいウールのつば広帽。首元からは、きちんと糊付けされた白いシャツが覗きます。左手には、その小柄な体に合わない、大きな黒い革の鞄。黒い革の靴先までぴかぴかです。
白い手袋が帽子のつばを軽くつまみ、会釈して来ました。
若い声。年齢を感じさせない、弾むような口調は、ぱっと見の細い線からも初々しくさえ感じるわ。
「はい。そうですけれど」
「ああ良かった。私、お手紙を何度も戴きました、代行業を営んでおりますマーカライト商会のハルシオンと申します。どうぞ、お見知りおきの程をお願い致します」
そう言って、帽子のつばから手を離すと、その下から赤い瞳がくりくりっとこちらを見つめて来ました。まるでウサギの様に、真っ赤な瞳。
見れば髪の毛も白。
肌の色も、抜ける様な白。
とても珍しい、アルピノって奴ですね。身体に色素が無いので、瞳は血の色をそのまま映し出しているわ。何て、美味しそうな男の子なんでしょう。
私の胸は、ドキリと小さく跳ねました。それ程に、彼の瞳の色は鮮やかだったの。
「シュルルと申します」
「あたしは~ジャスミン!」
「ミカヅキで御座る」
こちらも、ひょひょひょいと雁首並べてにっこり、初対面という事で、笑顔で恭しく一礼します。
「こちらは馬車の上から、失礼しますね」
「とんでもない! どうぞお気になさらないで下さい。早速ですが、お手紙の内容を確認させて戴きますが、ここでお店を開かれる、という事で宜しいんですね?」
と、ハルシオンさんは懐から、見覚えのある便箋を取り出し、私にちらりと見せて来ました。
「はい。主人がどうしてもと申しまして」
「分かりました。お肉屋さんで宜しいんですね?」
「はい」
何でしょう? お肉屋さんって、いちいち確認しなきゃいけない事なのかしら?
「では、店舗候補地を巡りながら、道々お話をさえて戴きたいと思いますが?」
「ええ。宜しくお願い致しますね。さ、どうぞお乗りになって」
私は、スッと身をずらして、御者台にハルシオンさんを招きます。何だか、胸がふわふわした気分。ヤバいですね?
「ありがとうございます、奥様。お隣、失礼致しますね」
とても折り目正しく一礼し、御者台に手をかけるものだから、私もそっと手を差し伸べて、彼の軽い体をひょいと引き上げて差し上げました。
まるで羽の様に軽やか。両手で抱えたら、溶けてしまいそうです。
「お若いのに、しっかりしてるのね?」
「恐縮です。奥様もとっても若くてらっしゃる」
「あら、やだ。おほほほほ」
ほっこり笑顔がとってもキュートなんです!
燕尾服なんて着ちゃって、文字通り若い燕。なんちゃって♪
「ねえねえ! ハル君は~何歳なの~!?」
おう! ハンターがここに!
ハルシオンさんの肩に手をかけて、そのキュートなお顔を覗き込む様に、私との間に割って入って来やがりましたの。
それに、ぽおっと少し頬を赤らめるハルシオンさん。あら、尊いわ~♪
「いやっはっはっは。何歳に見えますか? 私、結構年下に見られ勝ちで」
「え~、そうなの~? 見えな~い。わかんな~い。教えて~」
「ジャスミンちゃん。失礼ですよ」
私、やんわり嗜めます。ええ、一応お姉さん役ですから。
「え~。シュルルお姉さまは~、旦那様がいらっしゃるから~。独身の私がお相手しなくちゃって思って~」
「こ、この子は……」
恐ろしい子!
ちろり、赤い舌を覗かせ、私に軽くウィンク。
がっつり、私とハルシオンさんの間に、見えないラインを引いて来たの!
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