第20話『ねえ? 愛って知ってる?』
そこには奇妙な沈黙が訪れました。
崩れた薪がパチリと弾け、ようやく一尾が気を取り直したのです。
「ま、まあ。アレでしょ? ほっぺにチューされたとか、実はそういうレベルでしょ?」
言われて、ハッと頬に手を。
私は愕然として、目を大きく見開き、その子を見つめました。
「あ、なあ~んだ。その程度の事で御座ったか?」
もう一尾も、ホッと胸を撫で下ろした面持ちで微笑みます。
私は呆然とその子を見つめました。
「違うの?」
「違うので御座るか?」
私はフルフルと首を横に振りましたが、言葉にはなりませんでした。
「あっ、あれでしょ? ちょっと手が滑ったとかで、胸を触られたとか!?」
「ラ、ラッキースケベで御座るな!?」
「それとも、滑って転んだ拍子に押し倒されたとか?」
「ラララ、ラッキースケベで御座るな!?」
「えっ!?」
あれって、その程度の事なの!?
私は、もう一度あの時の出来事を思い出そうとしました。
ただひたすらに恐ろしかった。痛みで動けなくなった所を、無理矢理上から抑え込まれて、本当に恐ろしかったわ。抵抗出来ずに、乱暴に全てを奪われる絶望感。でも、それだけじゃ無かった様な気も……
いいえ。デカハナさんは、血まみれのおっちゃんを見て、即座にバンパイア化する前に殺してしまおうとしたわ。躊躇する若い子を、何の迷いも無く追放してみせた。ものすごく、合理的で非情な人。
でも、もしバンパイアが紛れ込んでしまったら、犠牲者はどれだけ出るか判らない。
それに、バンパイア化をするかも知れない相手に躊躇する様な、判断が出来ない兵士は、もしもの時にあっさり殺されてしまうかも知れない。
足手まといになって死なせてしまうくらいなら、追放するのも優しさ?
確かにダンジョンだったら、あんな子は連れて入れないし……
あの頃の私だったら、倒れてたおっちゃんを多少不味かろうと戴いちゃっていたに違いないわ。
わからない。私、ちょっと会っただけのあの人の事を、どう決めつけていいかわからないわ!
それに、銭キチさん。あの人は心底恐ろしい人。
あんなにあらゆる存在から愛されているのに、それが当たり前の事と……
あの人にとって、何が大切なの?
そんなものがあるのかしら?
何者にも束縛されない酷薄さが、そこにある様に想えて仕方ないわ。
頭の中を、二人の男性の事がぐるぐると駆け巡る。
彼らは人族の街を護ろうとしていた。それには間違い無いと思うの。
私は、悪戯に入り込んだ闖入者。
排除されるべき存在。
でも、私たちがあの街の住民になれば、彼らは護ってくれる?
それはまあ、人に危害を加えたりしないで、正体がばれなければの話だけれど。
う~ん……と黙り込んでいると、話題を変えようと一尾がこんな話を始めました。
「ねえ? 愛って知ってる?」
「あ、い、で御座るか?」
もう一尾は、きょとんとして、首をひねります。
私はというと、結構人族の町には入り込んで来たから、お芝居とかで聞き知ってました。
「あの、オスとメスがつがいになる時に必要なものでしょ? 種族が違っても、愛はあるわよね? ほら、あの子なんか人族の男の子にぞっこんだったし」
以前、人族の村におどしをかけに行った時、姉妹の一尾が人族の男の子にぞっこん参っちゃって、あれから頻繁に出入りしている。その事はみんなが知ってるわ。
それに、あの銭キチさんの愛され方といったら……
すると、その子はどうしようも無いわね、とばかりに小首をすくめ、やれやれとため息を。
それからやたら瞳をキラキラさせ、両手をぎゅっと合わせて握りしめ語り出したの。何かこう、虚空を見つめるかの様に。
「あのね。人族の愛って、その辺の野生動物の交尾とは全然違うの」
「交尾で御座るか? あの、ちょっと近付いて、パッと離れる奴で御座ろう? それくらい知ってるで御座るよ~」
「ん? 交尾?」
やだわ。何か変な事を言い出したわ、この子。
どうして、愛と交尾が関係あるのかしら?
確かにそこら辺の動物は、子孫を残す為に交尾をします。だから、子供を産める若いメスは基本狩らない。メスさえ残しておけば、その内、勝手に増えるから。
でも、人族はつがいにならなくても子供は勝手に増えるものだし。強く健康的なオスとメスが居れば、勝手に交尾して増えるものじゃないのかしら?
力の強いオスだったら、気に入ったメスを力づくで交尾するでしょうし。
お芝居だと、愛してると言い合って、唇と唇を重ねたり、手を握り合って終わりじゃない? 寄り添ったり、身近にはべったり、そういうものでしょう?
「ん、もう~。そういうのと違うって言ってるの! あのね、人族の交尾は愛を囁き合ってするものなのよ! 私、あの村を襲った時に見ちゃったの! 麦畑でオスとメスがちゅっちゅしながら交尾しているのを! お互い、愛してる! 愛してるわ~! って言いながら、こ~、あのほっそい二本の脚を絡め合ってね!」
「蛇だって尻尾を絡め合って交尾するで御座るよ?」
「うん、そうよね? 大体、人族なんて穴さえあればヤギや犬とだって交尾してるし~」
人族の農村なんかじゃ、良く見かける光景よね?
それでヤギや犬との合いの子が産まれたなんて話、聞いた事ないわ。
すると、その子は絶望したかの表情で両手で顔を覆ったの。
「ちっが~う! 人族の交尾はね、そう言い合いながら互いの体力の尽きるまでず~っと交尾し続けるの! パッと近付いてパッと離れる様な、そんな素っ気ないものじゃないし! 終わった後も、二人一緒にいちゃいちゃいちゃいちゃして時を過ごすものなのよ!」
「ま~たまた~。担がないで欲しいで御座るよ~」
「そうよね~。そんな事をしてたら、ねえ~」
「獣に喰われちゃうで御座るなぁ~」
「あははははは」
そう言って笑いながら、ふと人族の街の様子を思い出しました。
確かにあの小さな箱みたいな建物の中だったら、安心して交尾出来るかも、と……
でも、あんまり大きな声を出してたら、やっぱり他のオスに見つかって力づくでメスを奪われてしまうんじゃないのかしら?
あんな木の扉、ちょっと殴っただけで壊して中に入れるでしょうし。
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