第16話『緑の手』
底の見通せぬ漆黒の闇。どろり溶けだし大柄な人影となり、満天の星明りをくり抜いた。
それが小躍りして駆け下って来る。
おぞましい、獣欲の鼻息も荒く。
「ああ……神様……」
それでも身体はピクリとも動かせない。
絶望と焦りが私の心を塗りつぶしてゆく。あらがい様の無い、まるで枯野の野火の様に。
デカハナさんが、私に何をしようというのか大体想像がつくわ。
弱肉強食。
敗者はその肉の一欠けまで勝者の物となる運命。
そこに尊厳なんて存在しない。
生か、死か。
これまで、私がたまたま勝ち続けて来ただけの事。
廃墟と化した遺跡、魔窟と化した迷宮、雪の吹きすさぶ山の頂きから道なき密林まで。そこに住まう者たち。探索者。そして略奪者たる冒険者たち。
戦って、戦って、時にはやり過ごして、私は生き延びて来たわ。
そして今回は、敗者に……
「ひゃひゃひゃひゃ! 手前ぇは下がってろ! まさか、殺しちゃいねえよなあ!!?」
「まさか。命を奪うなんて、とんでもない。まぁ、ちょっとの間、動けないだろうけどね」
頭の上で、二人の会話が流れて行く。
キラキラな銭キチさんは遠く動かず、デカハナさんの鼻息が異様に大きく。
ダメ。
全く魔力も練れない。
痛み、衝撃が私の中を駆け巡っていて、イメージが何もまとまらない。
魔法を使うには、そのイメージが大切なの。
水を張ったお盆に模様を描く様に。
だけど、衝撃が幾重にも波紋となって折り重なって、全く絵にならないって感じ?
私の中の力が、バラバラに……
「おい? おい、返事しろよ? 何だぁ~こいつぁ~? 人魚か何かか?」
砂に私の形が浮かび上っている。
まだ、透明化の魔法は解けていないみたい。
海辺だから、一本尻尾は人魚さんが身近なのかな?
動けないでいる私を少し遠巻きに、デカハナさんは屈み込んで来ました。笑っちゃうくらい、用心深く。まぁ、今の私には口元を歪めるのが精一杯ですが。
「海の者じゃ無いよ」
ぽつり。銭キチさんが呟きます。小さな呟きが、良く耳に響くのです。
「何で判るんだよ!?」
「判るさ……僕にはね……」
「ケッ」
イラつくデカハナさんの向こうですまし顔。銭キチさんは例のコインを唇に押し当て、静かに見つめて来ます。
何を考えているの?
どうして、邪魔をしたの?
たまたま街をうろついていただけだろうに、何でこんな事を……?
すると、銭キチさんは、唐突に変な事を口にします。
「彼女からは、良い~銭の匂いがする」
「はっ!? 出たよ、この銭キチ野郎が!」
はあ!? 匂い!? 銭の匂いって、何を言ってるの、この人!?
思わず起き上がろうとして、力が入らずにへたり込みます。
その気配が判ったのか、デカハナさんが私に手を伸ばしました。
「おい、しっかりしろ。動けねぇのか? まぁ、それならそうで、俺様が詰め所に運んでやるがな。ぶひひひ」
ああ、いよいよ最後です。さよならです。
私の中に、後悔の念がじわりと広がります。
特に心配なのは、街の外で馬車の番をしている姉妹たち、二尾の事です。
みんな、ごめんなさい。巻き込んじゃって……。私がいつまで経っても戻って来なかったら、どうか荒野に帰ってね。探しに来ようなんてしないでね。人族の街には、とんでもない化け物が何人もいるんだから。
これまで戦って来た冒険者って連中が、単なるチンピラで、本当にヤバいのは街の中でふらふら彷徨っているんだわ。それもそうよね? だって、真に力のある者なら、わざわざ危険な場所へ出向かなくても楽に生きていく事が出来るんでしょうから。
本当の魔窟は、人の街にあったわ……
ああ、そうそう。
おっちゃん、ごめんなさい。中途半端に投げ出す様だけれど、少しはマシな状態にしといたから、もう少し節制してお酒と薬は控えてね。特に薬は身を滅ぼすから。探索者でも、ヤク中は旅の空でぽっくりいっちゃうものなのよ。
ええと、あと~……
短い間に、荒野に住む他の姉妹の顔が思い浮かびます。浮かんでは消え、浮かんでは……
「ひゃあああああああ!!?」
思わず叫んじゃいました!
異様な熱さに、焼き鏝でも押し付けられたのかと思って。
実際は、デカハナさんにむんずと身体を押さえ込まれたんでけど、自分でもこんな変な声が出るなんてびっくりです!
「お? やっぱり喋れんじゃねぇか! こりゃ、色々歌って貰うしかねぇな! おい、女! 観念しな! ぶひひひひ」
「やめてぇ! 堪忍してぇ!」
砂地にぴちぴちのたうつ私を、デカハナさん、しっかり押さえつけにかかるんですが……
何て言うか、ダメなんです!
これ、ダメなんです!
デカハナさんが触れたトコから、異様な熱気が迸って、私の中を駆け巡るんです!
さっき、パワー吸われるって思ったけど、違ってた! 違ってました!
デカハナさん、周囲から地の精霊力吸いまくってる状態が普通なんで、高い所から水が放出されるみたいに、彼の手から変な緑の気みたいなのがぷわ~って! ぷわ~って出ちゃってるんですぅ~~~~~!!!!
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