第11話『苦しい時の神頼み?』


 ああ、神様~……


 ちなみに、私たちの神様は、大地に恵みをもたらすお方、大地母神さまです。その恩恵で、森の恵みも荒野の獲物も絶える事が無く、変わらず穏やかな日々をもたらしてくれるのですが、何の因果かこんな石造りの街に来てしまうなんて……


 私はプリーストやシャーマンじゃないので、そっち系の奇跡は使えないのですが。

 でも、私には魔法があります!

 ま、直接的な攻撃魔法はとんと使えないのですが。


 この何ともいやんな状況を、打破するには……


「えい!」

「うわっ!?」


 パリッと小さな火花が。

 元素魔法の初歩の初歩。生体電流を、ちょっと増幅してデカハナさんに流しました。ちょっと痺れて、ちょっとびっくりする程度のものです。良く、水棲生物で似た様な事が出来る種族が居るんですが、その真似ですね。


 ちょっと怯んだ隙に、私、落ちたハンマーと杭を拾って抱えます。


「この人、どこにも噛まれた傷なんて無いんですから! 嘘じゃないんですから!」


 はた目からは、ハンマーと杭が、ふわりと浮いた様に見えるでしょう。


 私、そのまま~、逃げます!


 しゅるるっと滑り出し、兵士たちの間を縫うようにすり抜けます。

 私たち、人族の三倍は速く走れるんです。追い付ける筈、ありません!

 スネイキーに走れるから、二本足みたいに足音なんてさせません!

 きっと風が吹き抜けるみたいに、感じたんじゃないかしら?


「お、追え!! 追ええ!!」

「は!!」

「はは!?」

「はははーい!!!」


 もう結構後ろで、デカハナさんたちが騒いでいます。し~らないっと!


 私は一気に滑り抜け、潮の、波の砕ける音に導かれる様、深い建物の谷間を?い潜り、唐突に開けた場所へ出ました。

 海です!

 港です!

 大きな帆船の黒い影が、星明りの間をゆらりゆらりとかしいでいます。


「えい!」


 手にしたハンマーと杭を海に投げ捨てました。

 それから後ろを振り向くと、誰もここまで追って来てはいない様です。

 そこで改めて、ホット胸を撫で下ろし、胸いっぱいに潮風を吸い込んでみました。

 陸側の門で感じた、潮の気配とは全く違う濃厚濃密な潮風が肺一杯をみたしてくれます。何て、何て新鮮な風! 頬を伝い流れる潮の気配が、通り雨の後に感じる水の気配に似て、その鮮烈さでは段違いなんです!


「ふわああああああ……」


 両腕を一杯に広げ、この鮮烈な大気の奔流を全身に浴び、尻尾の先から頭のてっぺんまで、海を満喫。感動しました。

 誰に聞かれる事無く、変な声を出す、わ・た・し。


 てへぺろ~。


 なんて、のんびりしていたら、またあの兵士たちが来ちゃうかもだから、今夜はそろそろおいとましなくちゃ。

 街の下見は、達成された訳だし。

 あんまり待たせると、二尾に心配かけちゃうからね。


 街の門外れで、幻影に守られながらも馬車の番をしている姉妹、二尾の事を想って今夜は帰る事にしました。

 港を右手に見て、外壁を越えればいいだけの簡単な話。

 私は、しゅるしゅると港に繋がれた船影を眺めながら滑ります。

 船の上には、幾つかのカンテラの灯りがあり、見張り番らしき人影がちらほら。

 二本三本、マストの数が多ければ多いほど、大きな船です。川船とはえらい違い。だって、あれって大体一本マストですもんね。

 外の海を、長い日数掛けて、遠い国との交易なんてロマンチックですよね?


「いいなあ~」


 うっとり眺めていると、その内に小さな漁船ばかりの砂浜に差し掛かりました。

 葦の草原が風にさわさわと揺れ、左手の町並みも小さな低い小屋の集まりに。この辺は漁で食べてる人たちの地区なんでしょうね。


「そうだ! 顔を洗わなくちゃ!」


 良く考えたら、右の頬デカハナさんの鼻水が乾いてカピカピになってるんでしたっけ。

 そう思って、葦を掻き分ける様に砂浜を降りて行くと、月明かりに青白く一人の男性が立っているのに出会いました。

 その人は、ゆっくりと振り向きます。そのシルエットを見た瞬間、何となくお察しです。


 銭キチさんでした。


 彼は、何故か透明の筈の私に向かい、穏やかな微笑みを浮かべながら、こう告げるのです。


「やあ、待っていたよ」


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