第7話『NO! 孤独死!』


 見上げれば宵闇深くそそり立つ街はまるで谷底。ここは深い渓谷の様だわ。

 石や土で囲われた建物は、ぎゅっと押し固められた小さな縄張りね。

 ほの暗い裏路地に、一人横たわるおっちゃんはただ死を待つだけの孤独な獣に似てる。


 夢も希望も見えない深い底で、この二本足は何を想い、何を見上げていたの?


 何万人も同族が住んでる巨大なこの街で、この人は孤独な死を待ち望んでここに?

 それとも吸血鬼が死の口づけをくれると?


 それは私の考え過ぎかも知れないけれど……



 同族で殺し合う種族は多いわ。

 荒野で良く見かける沼ゴブリンにオーク鬼。言葉を知らない獣と違い、いつもののしり合って傷付け合っている。

 人族だって、口八丁手八丁の詐欺師から、追いはぎ、強盗、人さらい、冒険者。みんな多少は闇の面を持っている。

 それでも、小さな村や町の普通の人たちは、互いに助け合って生きているのに……



 右手は首に刺した針に触れた。

 細くて小さな鉄だから、パーマネントのエンチャントはちょっと無理だけど、短い時間だけ方向性を持たせる事が出来る。


「血を、悪い血を吸い出す力を」


 身体の中に毒素や余分な水がたまり、内臓を肥大化させているわ。肺や心臓なんかが特に目立つ。これだけで、相当に息苦しい筈。

 そして、逆に良い成分が抜け出さない様、条件付けをする。


 すると、ストローの先からにちゃあとした液が、ぬらぬらと垂れ始めた。


「それと。今度は悪いものを排出する力を、回復させないと」


 体外に排出する器官や、毒素を解毒する器官。


 肝臓なんて、健康的な肝は生で食べると本当に美味しいけれど、このおっちゃんのは石みたいにカチコチに固まってしまってる。

 死んだ細胞の膜が凝り固まって分厚い層になっているのよね。

 これが、正常な細胞を圧迫して、より深刻な機能低下を引き起こしているわ。


 私は最初に、肝臓の上に左手を置いた。

 人差し指からは、凝固した細胞膜を少しずつバラバラの素材へと砕いていく微弱な分解の力を。

 中指からは、新たな細胞の分裂を促す、生体エネルギーの波動を。

 そして、親指からは細胞が分裂するのに必要な素材が巡りゆく様な、血流の操作を。


「よ~しよしよし。じ~っとね。じ~っと……」


 ぺろりと舌なめずり。


 異様に増殖して、他の組織を圧迫して壊死させていく悪い腫瘍も、ちょっとずつ分解して、新しい身体を構成する細胞の材料に変えて行く。その傍ら、健康な細胞を活性化させて、その増殖を促進させる。そうやって、ゆっくりと着実に体の組織を入れ替えて行く。

 そこに血管が栄養を運べば、後は放置で大丈夫の筈。


「美味しく、美味しく、美味しくなあ~れ♪」


 獲物が美味しくなる魔法の呪文を囁きながら、一度に複数の力を制御する。

 健全な肉体には、美味しい血液が宿るってね♪


 太い血管の弁や内壁を掃除しながら、次の臓器に移り、膵臓、膀胱と至る頃には、もう大分月も動いてました。

 流石に集中し過ぎて疲れたわ~。


「ふい~……応急処置はこれくらいかな? 後は、ちょっとずつ全体を調律すれば……」


 そう呟き、おっちゃんのおでこにマークの呪文。

 ちょっとした紐づけって奴?

 他の魔法使いに見つかると、オーラの糸を手繰られて変な目に合わされる危険性もあるんだけど、一週間や十日くらいなら大丈夫……かな? 短い期間で切れる魔法だから、ね?


「取り合えず、これで良しと……お代はその内に、美味しくなった血を、寝てる間にでも、ちょっとだけ戴きますからね」


 クスっと笑い、おでこの私だけに見えるマークをちょいと突きます。


「んー。いい仕事した後は、気分が良いわ~♪」


 一つ大きな伸びをして、それから血ー吸ったろか一号くんを仕舞い、その傷口も細胞を増殖させて閉じました。

 ま、一面吐いた血や、流した体液でどろどろなんですけどね~。

 暗闇が、みんな押し包んで隠してくれます。マジ、神。


 感謝のてへぺろ~。(おお、よいよい……)


 さて、大分時間食っちゃったし、海を見たら帰ろうかな?

 そんな呑気に事を構えていた時期も、私にはありました。



「こっちだ!! 血だ!! 血の匂いがするぞ!!」


 唐突に、路地の向こうから大勢の人の気配が迫って来るじゃありませんか!?


 わわ!? どうしよう!!?


 あれ? そういえば、私透明だったわー。ちょっと焦って損した気分。

 このまま逃げても逃げられるけれど、ちょっとこのおっちゃんをこのまま残しておいて大丈夫か不安もあり、そっと路地の物陰に身を潜める事にしたのです。

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