第6話『スーパードクターS』


「ぶふうう!!?」


 お口の中に、糞尿のフレーバーがいっぱい!!?


 思わず噴いちゃったよ。レディにあるまじき行為だよ!


「けほっけほっ……何……これ……?」


 これって罠? 人族の罠? マントラップ!?


 このおっちゃん! 血が! 血が! 血が糞尿の味する~!!?


 おえっぷ。も~、気分だだ下がりだわ~。

 え? 何で糞尿の味を知ってるかって? それは言わない約束だよ。

 でも、それどころじゃないよ!

 口の中の残滓を改めて舐め取る。ほんと、酷いお味。お酒の他にも、何か変な薬みたいな味もするし。


 サッとおっちゃんの前をはだけて、ぷっくりとしたお腹を露わにする。柔らかな……


「これって、水貯まってない?」


 腹部が異様に膨らんでいる様に思えた。


 これまで人族はいっぱい食べて来た。人間、エルフ、ドワーフにETCETC。

 主に、ダンジョンで襲われて返り討ちにしたからだけど。そう。いわゆる「冒険者」って人種。これがまあ~、凶悪でさ!!


 ま、それは置いといて。


 だからまあ~、身体のどの部分がどんな働きをするのか、どんな体液が流れているのか、これが大体分かる。


 二本足も、四つ足も、結構体の中の作りは似てるんだよね~。


 で、荒野でもこういう「はぐれ」にはたまに目にするのよね。


 病気で弱ってしまい、群についていけなくなって、後は他の獣に食べられるのを待つだけ、みたいなのを。

 生きながら、鳥や虫に肉をついばまれても、追い散らす力も無い様な。

 そういうのは、まあ味もお察しレベル。見かけたら、手遅れなら楽にしてあげるというのが、まあ荒野で生きる者の情けって奴じゃない?


 このおっちゃんも、もう薬やお酒で散らすしか……

 そう想うと、胸がきゅ~んと苦しくなる。


「そんな死に方、嫌だな……」


 ぼそりと、思わず口を突いて出た。


 まだ生きているんだけど、もう死んでいるみたいな……

 腕の中のおっちゃんは、まだ何とか身体が暖かい。どこか不自然な熱さだけど。




 私たちも、いつかは老いて死ぬ。多分、姉妹の誰かが看取ってくれるんだろうけれど、一尾一尾、順繰りに死んでいき、そして最後は一尾が残される。そんな孤独は嫌。

 子供は産めないのかって?

 何でか私たちって、姉妹が十七尾も居るのに、全員メスなんですよ。

 何当たり前の事を、と思われるかも知れないけど……

 荒野をぐるり見渡しても、みんなオスとメスがつがいになって、繁殖しているのに。


 何ででしょうね?


 だから、その謎を解く為にも、最初は母を探して遺跡を巡っていたんです。みんながそれぞれの縄張りに引っ込んだ時辺りからね~。

 でもでも、ど~にもあの「蛇の穴」は魔法的に隠されているみたいで判らなくて~。

 だから、遺跡の探索で手に入れた財宝を持って魔法を習いに行ったりもしたんだけど……


 あ、「蛇の穴」って私たちが小さな頃に産まれた場所で、私たちはそこから母によって追放されたんですよね。

 深い竪穴に産み落とし、少ない餌で最後の一尾になるまで争わせて、残った一尾を育てるのが一族の流儀だったらしいんだけど、全員で協力して脱出したら気持ち悪いって言われちゃって……

 後になってみると、何か遺跡みたいな所にあった様な、無かった様な……

 だから、最初は母に聞こうと会いに行ってみた訳だけど~、結局二年も放浪して諦めて~、二年も賢者の塔に弟子入りしたんだけど、このまま師匠たちみたいに爺ちゃん婆ちゃんになるんじゃって気が付いて~、慌てて縄張りに戻ってみたら師匠たちの下の世話とかから解放された自由から目的見失いかけて、すろーらいふって奴を満喫しちゃってて……


 いや、楽しかったのよね~……


 習った魔法で生活環境ガラッと変わったし、荒野をショートカットしよる豪胆な行商人のおっちゃんと物々交換して結構物も充実してたし。

 姉妹巻き込んで「蛇沼亭」って宿屋を始めたら、節税対策にって裏街道みたいになって……ほら、人間の街や村を通過すると、一々通行税やら取られるじゃない? みんな税金、払いたくないんだよね~。

 で、おっちゃんらから聞いた話からだと、あたしらが縄張り陣取った性で、うちらの荒野って存外治安が良いらしくて、税金分まるっと大儲けだそうで。


 塩とか砂糖とか、無い所へ持ってくと高く売れるって。ぐふふふ。


 ま、荒野じゃお金なんて、あんまり意味ないからね。物の方がありがたいし。


 毎晩、酒盛り酒盛りで。段々と他の姉妹たちも、持ち込みで集まる様になって。喧嘩しない様にって魔法かけてたら、沼ゴブリンやらカエル人やら人間やらドワーフやらトカゲ人やら雑多な種族の集会場になって来て。


 そんな中で行商人のおっちゃんから「図書館」の話を聞かされたのよね。

 あたし、色々と「本」を買ってたから。探索者時代の貯えもまだ結構残ってたし。


 で、もしかしたらこの街の「図書館」に、何かの手がかりがあるかも知れないって思った訳。私たちのオスの事や、母の居る遺跡の事とか。ラミアの繁殖に関する知識のね。




 だからこうして、人間の街へ潜り込む一大決心をした訳なんですよ!




 目の前でぐったりしてるおっちゃんの腹部に指で触れる。

 そこから、僅かなエネルギーを送り、同時にその反応を感じ取る。ずぎゅ~ん!

 エネルギーとは波。

 波とは生命の流れ。


 ディテクトマジック!


 本来は、魔力の反応を見る超基本的な魔法なんですけど、物質によって魔力にさらされた時に生じる反応が僅かに違うんです。そして、私は人の身体に存在する物質の全てを把握済み!

 全部、丸で(一体丸ごとの意)、生で触って来ましたからね。


 てへぺろ~。


 血流。

 臓器。

 血管。

 細胞。

 脈動。

 胎動。

 血の味から、体内に生じた毒素、老廃物を排出する機能がまず大きくダメージを受けているのは丸わかり。

 そして、私のメインの魔法は幻影魔法!

 幻影とは、己の内に全ての事象を一度イメージで構築し、それを投射する技術。

 透明化も、虚像も、まるでそこにあるかに思わせるリアルな幻影も、その内なるイメージ領域にしっかり描き切ってこそ。


「診えた!」


 私は、己の内に、おっちゃんのリアルな全身投影図を描き切った!

 おおうっふ。内臓、血管がボロボロ。

 原因は色々あるだろうけれど、一言で言うと長年の不摂生ね。


「とりま、応急処置ね……」


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