7日目-2話

「あは、やっぱり来たんだ。そんなに息切らしてまで」


「……清祈。どうして今朝いなかったんだ」


「――知ったんだ、その名前。思い出したんじゃなくて」


「ああ、そうだよ。本宮家の蔵と、憎いくらい出来のいい兄貴のおかげでな」


「そう。それで、何しに来たの? まさか、本名を知ったうえでまだ雑談しに来たとかは言わないよね」


 毒づくような態度。最もだ。蒼月の言ってることが正しければ、清祈から見た想弥は最も大切な存在。そんな存在に自分のことを忘れられたら仮に幽霊になっても口を聞いてくれないこと間違いなしだ。


「謝りたい。今までのこと全て。それから、聞きたい。オレとお前の間に何があったのか。そして――時間が無いってのは、どういうことなのか」


「……いいよ、許すよ。想弥は悪くないから。残りのことも全部話すよ」


 あっさりと許された。想弥はこれに驚きながらも、清祈の話すことに耳を傾ける。


「そも、久遠家と本宮家は昔から懇意にしてたの。だから私と想弥はいわゆる幼馴染みたいなものだったんだ。蒼月さんのことも軽く知ってた。そして、事件が起きたのは私たちが街の方に行った時だったかな。本宮の血筋の根絶が目的だった奴に想弥は殺されかけた。だけど私が身を挺してキミを守った。だから――」


「まさ、か」


 話が繋がった。蒼月が言っていた『想弥が陰鬱な気持ちになっていた』というのはこの一件が原因だ。どうして、自分はこのことを忘れていたんだ。なんで過去の自分は蒼月の実験に協力したんだ。なんで、なんでなんでなんで――


「想弥は気にしなくていいよ。私がやりたくてやったんだから。それ以降の事情は蒼月さんに聞いた?」


「ある、程度は。でも、オレは……」


「気にしなくていいって言ってるじゃん。話戻すけど、死んだあと、私は霊体になってここに残った。だから、想弥がここに来る度に干渉してたんだよ。でも、やっぱり私のこと覚えてくれてなくて。正直、心が折れかけたなぁ」


「……なら、どうして懲りずにオレに関わってくれたんだ?」


「――好き、だったから」


「――え」


「好きだった。ううん、今も大好きなの。キミのことが。だから毎年のように干渉してたんだ。私のことを覚えていてくれるよう、奇跡を願いながら」


 ずっとずっと、祈っていた。


 彼が、過去を思い出してくれるよう。彼が、自分のことを覚えていられるよう。


 それは何よりも純粋で、痛いくらいに切なくて。


「それでようやくチャンスが訪れた。実体化できて、且つ自由自在にどこにでも行けるチャンスが。だから今年は、生前一緒に行ったとこ全部巡ったの」


 それでも、彼は記憶を取り戻せなかった。家のことを調べ、よりにもよって黒幕の手を少しだけ借りてようやく思い出せた記憶。


 きっと、自分とは見え方が違うのだろう。自分にとっては綺麗な思い出だが、彼にとってどう見えたのかは分からない。


「本当に、楽しかった。毎年忘れられるとはいえ、私の中では綺麗な思い出として保存される程度には」


「清祈……」


 膝から崩れ落ちそうになる。目の前にいる彼女はいったいどこまで一途なのだろうか。


「オレは……お前のことを、思い出せなくて」


「うん」


「断片的にあっても、顔も名前も、何もわからなくて」


「うん」


「だから、お前に好きだなんて言われる資格は、全然……」


 言葉を続けようとした瞬間、ため息が聞こえた。顔を上げると清祈の顔がはっきりと目に入る。


「資格とかなんだとか、関係ないでしょ。人を好きになるのに資格がいるだなんて、想弥は随分と息苦しいとこで生きてるんだね」


「だけど、オレは!」


「はいはい、人の話は最後まで聞く。私は想弥の事が好きだからあの時助けたの。想弥の事が好きだから毎年会ってたの。――それでも、想弥は私のことを否定する?」


「……はは。そう返してくるのは、ずるいな」


「ふふっ。好きな人には意地悪したくなっちゃうものだからね」


 意地悪の限度を超えている気もするが、清祈だから許せてしまう。一見すれば、大団円のような温かい雰囲気。


 ――だが、穏やかな空気でいられたのも束の間。主人公にはいつだって、苦難が待ち受けているのだ。

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