2日目-3話
「……どこか行こうかな」
墓線香を焚いてから合掌を済ませ、ついでに町の様子を見てから帰ろうとする想弥。別に父は「墓参りをしたらすぐに帰ってこい」とは言っていなかったため、問題はないだろう。
市街地に足を踏み入れると、少し空気が変わった気がした。活気に満ちており、時折喧騒が耳に響く。
それでも不思議と居心地の悪さは感じない。それどころか、安堵感があった。
(懐かしいな。昔は蒼月と二人でここを歩いてたっけ)
大通りを歩きながら過去に思いを馳せる。当時はまだ互いに幼く、両親も優しかった。歳月を重ねるに連れ、跡継ぎ問題やそれに嫌気がさした蒼月が家出をしたことによる家庭の空気の変化が……
(あれ、よくよく考えると綺麗な思い出って幼い頃のしかなくねぇ?)
深刻な感想を胸に秘め、町を一望できる場所へと向かう。
町の北にある神社に訪れる人々の目的は参拝ではなく、景色を眺めることの方が多い。もちろん参拝する人もいるが、数では観光目的に押し負けてしまう。
今日の想弥もその一人なのだが――
(――誰かに、見られてる? つっても、誰が……)
どこからか視線を感じたのと同時に、頬を撫でていた風の向きが途端に変わる。示していたのは神社の本殿だった。
深い考えがあったわけではない。正直、何も考えていなかったというのに近い。
本殿へと近づく。よく目を凝らすとまだ道が続いていた。
(本殿の奥……? 入って、いいのか?)
厳密に言うと本殿に入るわけでもないし、本殿の裏で悪さをするわけでもないから表面上の問題はないのだろう。あるのは気持ちの問題だ。
(ここで迷ってても仕方ない。幸い、方向的に目撃者もほとんどいないだろうしな。帰りは……まあ、その時考えればいいだろ)
割とアバウトな考えで突撃。徐々に空気が重くなっていく。
……どれだけ歩いたのだろうか。不意に視界が開けてきた。そこにあったのは先程よりも見晴らしのいい高台で、空も町も全てが一目で見渡せるほどだった。
(って、空も一目で見れるのは当然だよな……あの神社の位置的に、北極星に参拝することになってんだから)
あの本殿は南を向いているから北に向かって参拝することになっている。その対象が北極星なのだ。諸説あるが、メジャーな理由としては「天空を動くことのない北極星は天にいる神々の座に相応しいから」だそうだ。
正直かじった程度の知識でしかないが、覚えていたことで多少は役に立った。ただ、役に立った理由はしょうもないものだったが。
そしてもう一つ、想弥は驚くものを目撃した。
(女? それも、こんなところに一人で?)
一瞬声をかけるのを躊躇ったが、思い切ってかけてみる。
「なぁ、君はここで何をしてるんだ? こんなところで一人なんて、危ないぞ?」
ゆっくりと、その少女はこちらを振り向く。少しだけ怖かったが、決して目を逸らさない。逸らした瞬間に何をしてくるかわからないから。
次に、少女の取った行動は。
「別に、危険なんてないよ。ここにいるのは私と想弥だけなんだから」
長い黒髪に、透き通るようなアクアブルーの瞳。紛うことなき美少女だ。ただ、気になる箇所が一つ。
「君……どうしてオレの名前を知ってるんだ? オレの記憶が正しければ、初対面のはずだけど」
「あぁ、そっか。キミは知らないんだ」
想弥からしたら何を言っているのか全く分からない。ストーカーだったら洒落にならないな、と考えつつ、美少女ならまんざらでもないと考えてしまった。
「私はここの土地神みたいなものなの。だからキミの名前も知ってたってこと」
「ふぅん……ストーカーじゃなかったんなら安心だ。えっと」
「――サキ。気軽にサキって呼んでいいよ。他人行儀なのは苦手なの」
「そうか。よろしくな、サキ」
「えぇ。よろしくね、想弥」
思いがけず神らしき存在との邂逅を果たしてしまった想弥。呪い殺されるとかではなかったから良かったものの、サキではない別の神だったら神域に土足で踏み込んだ不埒者と称されて末代まで祟られてもおかしくはなかっただろう。
そんな後から考えた事実に安堵しつつ、サキともう少し話そうと試みる。
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