2日目-2話

 本宮家はこの地域の領主のようなものなのだ。だから一般の家にはない巨大な門扉があるし、屋敷といえるような家に住んでいる。


 そんな家から抜け出せたのはある種奇跡のようなものだろう。もちろん両親がいない隙をついたが、それでも想弥は名家の息子だからある程度顔が割れている。だからよく声を掛けられるのだが、脱走の時は全くと言っていいほど話しかけられなかった。それ以前に、出歩いている人自体が少なかった気がする。


(なんだったんだろうな、あの日って。恐ろしいぐらい人を見かけなかったし、もっと言うと活気そのものを感じなかった。いつもは騒がしいぐらいなのに)


 色々と追憶しているうちに、玄関の前に着いていた。後はインターホンを押すだけ、なのだが


(何故か押す気になれねぇ……)


 いつもなら軽い気持ちで押しているのだが、今回はそんな気持ちになれない。蒼月の話を聞きすぎたからだろうか。


 逡巡の末、思い切ってインターホンを押した。中から人の足音がうっすらと聞こえる。


 やがて、玄関を開けて出てきたのは


「お帰り、想弥。今年も蒼月はいないのか?」


「……ただいま、父さん。今年も兄さんはいないよ」


「そうか。――全く、どうしてアイツはいつもいつも手を煩わせるんだ。今は一族にとって大事な時期だってのに」


「まあまあ、あの子のことだから仕方ないわよ。仮に大事が起きたとしたら、どんな手を使ってでも呼び戻せばいいだけだもの。気にすることないわ」


 想弥の両親は厳格な人物だ。だから蒼月が家を出ていき、何年も顔を見せていないことに関して憤っている。だからと言って想弥に家督を譲るようなことをするつもりはなさそうだ。


 尤も、想弥も本宮家の当主になんてなりたくないが。


「とにかく、お前はいつもの部屋に荷物を置いてから墓参りに行ってこい。鍵は渡しておく」


 そう言って想弥の掌に鍵を置き、父は家の奥へと去っていく。母もそれに追随する形でいなくなった。


(さて。オレがいつも使ってた部屋は二階だったか)


 領主のような存在とだけあって、本宮の屋敷は広い。古くから領主を務めているから古風な屋敷だと思われがちだが、実際は近代的な屋敷に建て替えられている。だから住み心地は抜群なのだ。


(まあ、父さんや母さんの纏ってる空気さえなくなればもっといいんだけどな)


 心の中で毒を吐き、乱雑に荷物を置いた。必要最低限の荷物だけを持ってきたボディバッグに入れて、家の裏手に位置する墓地へと向かった。

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