2日目-1話

「じゃあ、忘れ物はないな?」


「大丈夫だよ。ガキじゃあるまいし」


「俺からしたら高校生なんてまだまだガキだよ」


 遂に出発の日がやってきた。年に一度しかない帰省だからか、毎回謎の緊張に襲われる。


 蒼月が運転する車の窓から見える景色は一年前と全く変わっておらず、安堵感を覚えた。


「にしても、想弥は向こうについたらいっつも何やってるんだ? あんなところに一週間いても暇なだけだろうけど」


「何って……実家でゴロゴロしたり、線香花火やってみたり?」


「なんで疑問形なんだよ」


「いや、信じてもらえないだろうけどさ、上手く思い出せないんだよ」


「――」


「何をやっていたのか、とかどう過ごしていたのか、とか。記憶に靄がかかったみたいになってるんだ」


「……あははっ、それくらい当然のことだろ〜。なんせ年に一度しか帰らないからな。そうそう覚えてられるもんでもねぇだろ」


「そう、か? そういうもんか……?」


(蒼月の言い方、どこか引っかかる……何か隠してるような、そんな言い方だ)


 もちろん確証はない。ただ、どこか違和感があるのだ。


 きっと、それに気づけるのは世界広しといえど想弥だけだろう。両親ですら、気づくことができないほど完璧になにかを隠蔽している。


 最も、それが何なのかまでは分からないが――


「そろそろ着くぞ、準備しとけ〜」


 思索にふけっている間に実家の近くに着いていたようだ。荷物をまとめた鞄を近くに寄せ、すぐに降車する準備を済ませる。


「ありがとな。帰るときにはもっかい連絡するから」


「おう。親父とかにはよろしく言っといてくれ」


 敢えて実家の前に車を止めず、少し離れたところで想弥を降ろす。余程実家と関わりたくないのか。


 想弥は気にも留めず、実家へと歩みを進める。蒼月が自らの世界から実家を遠ざけているのは今更な事だし、自分なんかが彼の脳内を汲み取ろうだなんておこがましい。


(それに、オレと兄貴とじゃ頭脳の質からして違いすぎる。どう足掻いてもわかりゃしないだろうよ)


 少なからず、想弥が実家を出た理由には兄への劣等感が含まれていたのだろう。


 断片的な記憶だが、実家にいたときはいつも兄と比較されていた気がする。


 いつも成績が優秀な兄。いつも成績が平凡よりちょっぴり上な自分。


 なんでも器用にこなせる兄。不器用という程ではないものの、あまり器用にこなせない自分。


 そんな自分に唯一、優しくしてくれたのが――


(――あれ、?)


 どうにも思い出せない何かがある。パッと見は真っ白なところだが、よく見るとぐちゃぐちゃに塗りつぶされている何か――そんなものが、海馬の片隅にあるような。


(まぁ、いいか。少し気持ち悪いだけで、生活に支障が出るわけじゃないし)


 わずかに釈然としない想いを払拭するように、家の門扉を押し開けた。

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