白の皇女 その8

 白を基調にデザインされた装飾家具インテリアの置かれた寝室。太陽がもうすぐ顔を隠そうとしてるため、部屋は徐々に茜色から黒一色に変わろうとしていた。

 フィリアナはメイドたちに寝間着を着替えさせて貰い、ベッドに腰かけて薬が運ばれてくるのを待っていた。

 なぜ彼女が夕食も食べずに就寝に入ろうとしているのか。それは彼女が幼いころから持つやまいが原因だった。

 彼女は太陽が沈むと急激に眠気に襲われてそのまま眠ってしまい、さらに眠っている間に眠る前とは違った場所や見知らぬ場所に移動してしまうという奇妙な病気にかかっていた。

 様々な医者に診てもらったものの原因は分からず、皇帝たちは何日も頭を悩ませていたが、ある日一人の学士を名乗る人物が現れ、彼女の症状を治すことは出来ないが和らげることが出来ると言ってきた。

 それを聞いた皇帝はまさかのそれを疑うことなく提案を受け入れ、その人物が作り出した薬を彼女に飲ませた。

 それからは日が落ちると眠ってしまう症状は改善されなかったが、どこかに動いてしまうという症状は無くなった。

 だが未だに治す方法が見つかっておらず、現在でもこうして薬を飲んで寝ることが彼女の習慣になっていた。

 水の入ったコップと紙に置かれた小さな赤い丸薬を乗せたトレーを運んできたフォルマに感謝して、フィリアナは丸薬を口にし水でそれを流し込んだ。そしてベッドに入り、フォルマに毛布を掛けられながら白い天蓋を見つめて小さかった頃の自分を思い出した。

 病気のことをまだ理解していなかったフィリアナにとってこの病気は他の何よりも恐ろしいものでしかなかった。突然睡魔に襲われ、気が付けばどこかも分からない所に突っ立ていたということがややあった。

 今は薬があるおかげで落ち着いてはいるものの、まだ恐怖を取り除けずにいる。

 だが怯え続けていては皇女として面目が立たない。何より両親にこれ以上の心配をかける訳にはいかない。

 そんな思いからフィリアナは国や民のことを考える明るく優しい皇女であろうとした。たとえこの病が一生治らなかったとしても、人々が自身より幸せになってくれればそれでいいと思ってしまうほどに。


「姫様、あまり根を詰めすぎないようにしてください」


 優しげにしかしはっきりとした声でフォルマに指摘され、フィリアナはハッとなって彼女の方を向く。

 彼女は微笑みながらも心配そうにフィリアナを見つめながら話を続けた。


「姫様は優しい方です。でもだからこそご自身の幸せを見捨てるようなことは考えないでください。あなた様が民の幸せを願うのと同じように民もまたあなた様の幸せを願っています。もちろん私たちも陛下たちもそれを望んでいます。姫様は幸せになってもいいのですよ」


 もしや心を読まれていたのではと疑ってしまうほどの彼女の励ましはフィリアナの心に深く浸透していった。


「……ありがとうございます、フォルマ。肝に銘じておきます」


 それを聞いたフォルマは安心して一礼しフィリアナの元を離れる。ドアの近くで待機していたメメとサシャのところまで行き、もう一度フィリアナに向き直る。


「それでは姫様、お休みなさい」


「お休みなさいです、姫様!」


「おやすみなさぁ~い」


 三者三様の挨拶を送るメイドたちにフィリアナは「お休みなさい」と小さく返す。そしてメイドたちは静かに部屋を退出していった。

 一人残された部屋を静寂が包み込む。

 フィリアナはあと何秒で襲ってくるであろう睡魔を不安になりながらその時を待つ。

 やがて太陽は完全に沈み切り、部屋は暗い闇に包まれる。

 それと同時にフィリアナの瞼は徐々に重くなり、そのまま深い眠りについた。

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