白の皇女 その7

 アイドラントはそばに仕える従者たちを先に行くよう促す。

 従者たちは皇帝と皇后、そしてフィリアナに一礼しその場を去っていった。

 後に残ったのはアイドラントとフィアンナ、そして彼の右腕を務める初老の宰相バークス・ライオノスとフィリアナたちだけとなった。


「フィリアナ、今日の視察ご苦労だった。楽しかったか?」


 そう言ってアイドラントは娘の頭をなでなでする。フィリアナは気持ちよさのあまりとろけ顔になりつつ父に感謝した。


「はい! とても楽しかったです。お父様、改めて孤児院の件ありがとうございました」


「いや、構わないさ。来年、成人を迎えるお前にとって良き経験となる。今のうちに我らの仕事に触れさせるのもいいと思ったのだよ」


 フィリアナはさらに破顔したが、アイドラントの横で何故か可笑しそうに笑っているフィアンナの様子が見えて首を傾げる。

 娘の反応に気づいたフィアンナは何の躊躇も無く暴露し始める。


「フィリアナ、この人はこう言っていますが、本当はあなたからの初めてのお願いが嬉しかったのですよ。それで父として娘のために一肌脱ごうとするどころか脱ぎすぎて、抱えていた公務をわたくしやバークスに任せたり、孤児院を建てた大工の方々がへとへとになるほど働かせたりして……まあ後日それ相応の報酬を差し上げたのですが」


 フィリアナはそれを聞いて思わず「えっ!」と声を漏らしてしまった。

 彼女の父であり皇帝として君臨しているアイドラントは歴代の皇帝の中でも類を見ない人格者で、皇帝としての威厳は申し分なく、様々な公務をこなす手腕には一切の無駄がない。さらには皆がうらやましがるほどの愛妻家として知られ、民のみならず他国の国王からも信頼と称賛が上がるほどの実力を持った男であった。

 しかしこれらはアイドラントの表面上しか知らない者たちの感想であり、彼の素顔を知る者たちが聞けば「さすがに盛りすぎだ」と言わざる負えない。

 彼の威厳を除けば、頭の切れは確かに優秀だが執筆に関しては無駄が多いため従者任せであり、私生活においてもだらしなさが半端ないので世話するメイドの数は皇后よりも二倍。

 そして何よりフィリアナへの愛情が尋常ではなく、彼女に会う時は皇帝としての顔を見せているが裏では娘を溺愛する父親の顔を親しい者たちに見せびらかしている。今回の孤児院の件に関しても威厳そっちのけで大工たちを至急招集し彼らが先に抱えていた依頼や途中作業を押しのけて孤児院を建てさせた。

 それほど彼は妻であるフィアンナでさえ呆れてしまうほどの親馬鹿であった。


「ちょっ、ちょっとフィア!? それは言わない約束だっただろう……」


 アイドラントは妻の名をつい愛称で呼んでしまうほど焦ってしまうが、彼女は悪戯っぽく微笑みさらに突き落とす。


「確かに約束はしましたけど、それはあくまで私やバークスに埋め合わせをしたらの話でしたが……まだ私にはしていないので約束の話は無しになっているはずですよ。そうですよね、バークス」


 そう言って彼女はバークスに同意を求め、彼はそれに否応なく肯定した。


「ええ、確かに吾輩には報奨を貰いましたが、フィアンナ様にはまだお渡しされていないとアイドラント様自身から聞き及んでおりました。まさかまだお渡しされていなかったとは……」


 そう言ってバークスはアイドラントを見てため息をこぼす。彼がフィアンナの味方になったことでアイドラントはますます焦り出す。


「いや、だってフィアにはもっと特別な贈り物を渡したくて……それでつい時間がかかってしまったのだよ。何だったらこの後フィアの部屋で渡す予定だったのだ」


 それを聞いたフィアンナは「まあ!」と言って喜んだが、バークスがまさかの追撃をする。


「ほう! フィアンナ様にはよりも素敵な贈り物をするとは……彼女よりも吾輩の方が長い付き合いだというのに……いやはや悲しい」


「い、いやバークスそんなことは……というかお前、わざと言っているだろう」


 バークスのからかいにアイドラントはかえって落ち着きを取り戻し彼に半ば諦め気味に抗議する。

 そんな普段見られない父たちの様子がとても面白かったため、フィリアナはつい吹き出してしまう。それに釣られてあろうことかメメが笑い出し、さらにはサシャが、ついにはその場の全員が笑い合ってしまった。

 ひとしきり収まったのを見計らい、バークスが口を開く。


「フィリアナ様、速くお部屋に戻られたほうがよろしいかと。日がもうすぐ沈みます」


 彼に言われてフィリアナやアイドラントたちが窓の外を見やると、空はもうすぐ茜色になりつつあった。


「まあ大変! フィリアナ、急いでお部屋に戻って支度をするのよ。それとお薬を飲むのも忘れないようにね」


「はい、大丈夫です。すぐに戻って休みます」


 急かすように話すフィアンナにフィリアナは心配をかけないよう笑顔で返事をする。だがその表情にはどこか寂しさを滲ませていた。


「ではフィリアナ、また明日な」


 そう言って最後にフィリアナの頭を優しく撫でたアイドラントは妻と宰相を伴ってその場を後にした。

 両親らの後ろ姿を見送るように見つめていたフィリアナだったがメメに促され、名残惜しくも早々に部屋へと向かったのだった。

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