白の皇女 その5

 フィリアナが子供たちとの楽しい雑談をし終わる頃には昼食の時間となっていた。

 彼女は子供たちとともに食事をしたいと申し出たが、セシリアたち職員は恐れ多くも止めとようとした。

 だが以外にもロックたち護衛は止めるどころか子供たちと同じものを食べさせてあげてほしいと言ってきたため、彼女たちは渋々従いフィリアナたちの分を用意して共用部屋兼食堂で食卓を囲むことにした。

 この日最初の孤児院の食事はコーンスープにふわふわの丸パン二個、野菜に乗せられた豚肉となっていた。

 職員らは不安そうな目でフィリアナの方を見つめていたが、そんな心配をよそにフィリアナは子供たちと楽しそうに食べながら会話をしていた。

 その後、子供たちとともに孤児院の庭で遊びたいと言い出した彼女をセシリアたちはさらに驚きはしつつも、もう異を唱えることはせずに見守ることにした。

 フィリアナは子供たちと一緒に庭を駆け回り、ロックやセシリアたちは遠くから温かく様子を見ていた。

 その様子は一国の皇女ではなく、一人の美しくも可愛らしい少女が子供たちと踊るように楽しく遊んでいた。

 セシリアたちは目の前の光景にまたも驚きを隠せなかったが、共通して思ったのは自分たちが慕う皇女殿下は本当に優しい方なのだというフィリアナへの良き見解だった。

 しばらくしてそろそろお開きにしようと職員の一人が声をかけようとしたその時。


「うあぁぁーん!」


 突然大きな泣き声が聞こえ、その場の全員がそちらへ顔を向ける。そこには一人の男の子が涙を流して座り込んでいた。

 フィリアナは男の子に近づき何があったのか訪ねる。


「どうしたのですか、何があったのですか?」


「ころんであしをけがしちゃったみたいなの」


 男の子の代わりに近くにいた女の子が教えた。

 男の子の膝を見ると、擦り傷が出来て血がほんの少し流れていた。


「大変! すぐに救急箱を持ってきます」


「ああ、その必要はありませんよ。なんたってここには……」


「ロック!」


「ふぇっ!?」


 セシリアが孤児院に向かおうとするのを遮ったロックだったが、フィリアナに一喝されてしまう。


「行かせてあげなさい」


 ロックは素直に従い、大人しく下がった。セシリアは何が何なのか分からなかったが、急いで救急箱を取りに行った。

 フィリアナはセシリアが遠ざかるのと同時に男の子に歩み寄りながらロックを叱る。


「ロック、あなたはわたしのことを買いかぶり過ぎなのです。わたしのは傷を完全に癒すほど万能ではないのですよ」


 男の子のそばまで近づいたフィリアナはしゃがんで男の子に一度微笑んでから男の子の膝の上に手の平をかざし、集中するように目を閉じる。

 すると彼女のかざした手から淡い光が出現し、傷ついた膝を照らす。

 それはこの世界に存在する魔法の一つ、暖かな光で傷を癒すのに優れた『光の魔法』だった。

 男の子を含め子供たちは目の前で起こる光景に驚きと感動の気持ちで見入ってしまっていた。

 次第に照らされた膝の傷はみるみるうちに塞がっていき、最後には滲み出ていた血の跡を残して傷はほぼ完全に消え、代わりに肌が赤身を帯びていた。


「ひかりの、まほう……」


 女の子がポツリと呟く。

 それを皮切りに子供たちは盛大に騒ぎ出した。


「すごーい!」


「まほうだー! ひかりのまほうだー!!」


「ほんとうになおってる!」


 男の子も傷があったはずの膝を触り、立ち上がるや喜びながらはしゃいだ。


「すごいすごい! ひめさま、ありがとー!!」


「それは良かったです。でもちゃんと治ったわけではないので、院長様が戻りしだい診てもらってください」


 フィリアナにそう言われた男の子は先程まで泣いていたのが嘘だったかのように元気よく返事をした。

 ちょうどその時、救急箱を持った担当の職員とセシリアがこちらに走ってくるのを見た男の子はフィリアナに手を振りながらセシリアたちの元へと走っていった。

 フィリアナが男の子に小さく手を振り返しながら見送っていると、横から申し訳なさそうな声でロックが近づいてきた。


「申し訳ございません、姫様。また勝手なことをしてしまって……」


 ロックの謝罪にフィリアナは仕方ないとばかりに小さくため息をこぼす。

 先程の彼の行動は決して褒められたものではない。せっかく治療しようと動いたセシリアの善意を彼は一瞬でも押さえてしまった。

 そのことをフィリアナは怒っていたが、彼が彼女の持つ魔法を知っていたこと、彼女の魔法の方が早く治ることを分かっていたからこそセシリアを遮ってしまったのだとフィリアナは理解もしていた。

 だが光の魔法は確かに傷を治すことは出来るが、完全に治すにはそれなりの魔力量が必要となる。

 フィリアナの場合、その魔力量が少し少ないため見た目は傷が塞いだように見えても、動けば傷口が少しずつ開くようになってしまうのだ。

 そういった理由もあってフィリアナはロックに怒りを覚えていたが、反省の色が見えるためこれ以上叱ることは彼女には出来なかった。


「今回はあの方たちにきちんと謝罪をすることで許します」


「あぁ、姫様……有難うございます。このロック、後で誠心誠意セシリア殿やあの子にきちんと謝罪をして参ります」


 誓いを立てるようにお辞儀をするロックを見て安心したフィリアナは彼を伴って男の子の治療を終えたセシリアたちのところへ歩いていった。


 二人の様子を見ていた護衛たちは自分たちが慕う姫君の心の広さに関心しつつも、ロックの行いに対しての甘さに心配になった。そしてその甘さに入り浸るロックに多少なりとも憤りを覚えた彼らは後ほど自分たちの方でロックに何かしらの制裁を下そうと密かに話し合うのだった。

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