第27話
3
オスカー・フィン・クレイヴが開催するセミナーに参加したのが始まりだった。当時、十村は中学生の時分だった。
会場内でクレイヴに近づき、名前を憶えてもらった。やはり苗字を聞いたとたん彼は眉をひそめた。
それから彼の聖命学会に正式に入会したのは、一週間が経ったあとだった。一回目はまず「考えます」と言って、様子見を行っていたのだ。
父の手記のものと同じかどうか。それをたしかめたかった。結果、幸いだと彼は思った。クレイヴは彼の父・十村彰文を殺害した張本人だ。少なくともそう仕向けたのはクレイヴだし、間違いはない。
十村はそう判断し、入会をした。
それからはひとまず勧誘をがんばり、機関誌を読み込んで知識を蓄え、さらにそれに類する書籍や文献を読み漁った。それもすべて勉強熱心のイメージを塗り固めるための作業でしかなかった。
ある日、十村はクレイヴに呼び出された。執務室に入ると、彼は手を組んでじっと待っていた。
クレイヴは言った。
「君は、十村先生の──十村彰文君の息子だろう」
十村は一瞬迷いを見せた。が、クレイヴは柔らかい笑みを浮かべて、
「怯えないでいい。白状すると決めているからね。君の予想どおり、僕は君の父を殺した」
最初こそ反応できなかったが、十村は尋ねた。なぜ父を殺したのか、と。そうして返ってきたのは、父が契約を破ろうとしたからだ、と言った。
契約? 首をかしげていると、
「君の父と僕はある契約を交わしていた。僕に協力してくれる代わりに、いつか君の妻を生き返らせてあげよう、と。これはサービスだ。彰文君とは友達だったからね、それぐらいのことはしてやろう、ともね」
十村彰文の妻・
聞けば、藤子と十村は少し似ているらしかった。
その藤子を蘇生させる。十村彰文にとっては喉から手が出るほどの条件だったはずだ。十村彰文はもちろん了承し、契約を交わした。
しかし、徐々に歳を重ねて彼の考えは少しずつ変わっていった。藤子が死んだことで嘆いてばかりの毎日だったが、子供がいる。娘も息子もいる。まっすぐ幸せになる道を選ぶべきだったんじゃないか。ないものを求めるより、今あるものを大切にするべきだったんじゃないか。
手記には、十村彰文の葛藤が長々と綴られていた。
「さて、それでは十村誠一郎くん。君はなにがほしい?」
契約は交わさない。僕はおまえを殺しにきた。
そう告げると、クレイヴは鼻で笑いながら言った。
「では、もう君の妹の命はないな」
どういうことだ。
「成美ちゃん、といったっけね。あの娘のそばにはすでに僕の仲間がついている。この携帯電話でつながっていてね。君が僕との契約を拒んだ瞬間、ばんっ、だ。でも契約を交わせば、もちろんノーリスク。なにも起こらない」
しばらく黙って睨みつけていると、クレイヴは笑いながら言った。
「なあに。大したことはないよ。ただ君には、父君と同じお仕事をしてもらうだけ。むろん報酬はやる。
──最近かつかつで、成美の治療費でお金借りているんだろ? 調べたけど、かなりの額だったよねえ。でも大丈夫。そのお金も僕がとくべつ工面してあげよう。ねえ? これ以上いい話はないだろう?」
たしかに生活にも、成美の治療費にも困っていた。
毎日アルバイトを入れるだけじゃ足らない。早く社会人になって安定した職に就きたいと思っていた。が、多額の借金のせいで就職活動を無事に終えられるか。それもまた大きな悩みだった。
そして、訊いた。
「どんな仕事だ?」
と。
それから十村は、父・彰文と同じ殺し屋を務めた。最初こそ拒否反応を示していたが、ただの作業だと割り切った。それに、たしかにたんまりと金が入ってくるからだ。
一人を始末するだけで、一千万という大金が流れてくる。それさえあれば、病院で寝たきりの成美の安全も確保できると思った。殺しの技術も学べるため、クレイヴを暗殺する機会ができたときに活かせる。
クレイヴの護衛、裏切り者の始末、死体の後片づけ。そんな経験をして、わかったことが一つあった。なぜだか「死」というものに抵抗がなかった。成美のことがなければ、今から死ぬことになってもなにも思わない。誰かを殺すとき、相手の「死」に触れる恐怖はなかった。
ただ感覚が麻痺していると思った。でもなぜだか、むかしからそういう人間だったように思うのだ。そのことをクレイヴに言うと、彼は意味ありげな笑みを浮かべて、
「感覚が麻痺したんじゃないかな。よく言えば、仕事に慣れたんだよ」
と言った。
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