第14話
7
「ありがとうございました」
近くに停めてあった青木のセダンの中で、神山とアリスは礼を言った。
「べつに構わないが」青木がため息をつく。「いつもの方法でやらなかったのは、なぜだ」
アリスが暁をまっすぐ見つめた。神山に視線を向けるかと思えば、そうはせず、
「気が変わったんです」
「それでは困るぜ」
青木はさらに大きなため息をついた。
アリスは窓側に肘をついて、手のひらに顎を乗せた。
「われわれ秘匿課はあんたらの痕跡を一切残さないよう動くのが本分なんだ。仕事を増やされると動きにくくなる」
「はい──」
次いでアリスがどのような行動に移すのか。わずかに顎を引いたその仕草からすぐにわかった。謝罪につき頭を下げる気だ。神山は、彼女の前に手を出して遮った。
彼女と目が合い、かぶりを振った。
「私のせいです」
青木に向けて言った。
「あなたは……」
ルームミラーの彼と目が合う。
「私は、神山瞳也と申します。本日よりアリスの仕事のお手伝いをさせていただくことになりました」
「あぁ、葵が言っていたよ」
「葵……」
そういえば、彼は青木暁と名乗った。すると彼は、
「葵の父、ということになっている」
こちらの疑問を見透かしたのか、青木が答えた。
ということになっている。その言葉が気になるが、今はそれよりも言わなければならないことがある。
「私が、彼女の仕事への理解が足らず、このような至らぬ結果を招きました。私から謝罪させてください」
「トウヤさんっ」
焦ったようにアリスが名を呼んだ。
神山はそれに応えず、青木を見据えたままでいた。彼は、顎に生やした無精ひげを撫でながら、
「あなたが、それをアリスに強制させたのですか」
「はい」
大仰に頷いた。
青木は唸りながら考え込んでいた。
「神山さん、失礼ですが」
ルームミラーで見返してくる青木。
「アリスの使い魔ということでよろしいですか?」
「はい」
間を置いて、青木は続けた。
「では、いいですか。この仕事において、庇い合いは無駄でしかない。あなたはただの使い魔。手綱を握っているのはアリスです。あなたの理解が足りず云々は、逆に言えばアリスの説明不足ということ。責任の及ぶ先はいずれにしてもアリスです。それも仕方ありません。使い魔をしつけることのできない魔物使いは、遅かれ早かれ死ぬんですから」
車内に沈黙が流れた。
青木は申し訳なさそうに目をそらして、
「神山さん、あなた教職志望ですか」
「え、まあ」
青木は頷く。
「大人であり、教師でもあるあなたからすれば、子供に自分の失態を謝罪させるのはさぞ苦しいでしょう。ですがこの業界では、年齢なんてただの数字です。立場でいえばあなたが〝下〟で、アリスさんが〝上〟だ。そこを、割り切るべきでしょう」
少しして、「すみません」と青木が謝った。なぜ謝るのか尋ねると、説教くさいことを言ってしまった、というのだった。神山はさらにうつむいてしまった。
人が人を叱る。どちらの立場であっても、あまりいい気分ではないのはたしかだ。
「次はどこへ行きますか」
青木に尋ねられて、アリスは答えた。「小坂みなみさんの母親から、鍵をもらったんです」
「鍵?」
「はい。これがどこの鍵なのかはわかりませんが、二〇二と書いてあるので、おそらくどこかのアパートの鍵かと思われます」
「……ほう、それは気になりますね」
青木がつぶやく。
「わかりました。ではさっそく向かいましょう」
「暁さんもですか?」
アリスが訊く。
「秘匿課の別名を知っていますか」青木は言った。「秘匿組織監察課、なんですよ」
「ディンプルキー、ですか」
青木の言ったことを、アリスが繰り返した。
ハンドルを切りながら青木は頷いた。
「表面に小さなくぼみがあるのをディンプルキーっていってな。普通の鍵よりか安全なものだ。まあ、賃貸物件用の合い鍵ってやつだよ」
青木のシビックに乗せられながら、鈴江にもらった鍵について教えてもらっていた。
車内には煙草の匂いが残っていた。彼はセブンスターを口に咥えながら、左手で鍵をいじっていた。
「どこの鍵か、調べられますか」
アリスが訊いた。
「たぶんな。だが、少し時間はかかるぜ」
「大丈夫です」
青木は開けた窓に向けて煙を吹きかけて言った。
「できることなら、おまえたちのほうで探してほしかったがな」
「使えるものすべて使いたいですから」
「今となっちゃその文句は使えねえけどな」
アリスは気まずそうに眉をひそめて、
「暁さんではわかりませんか」
青木は苦笑を交えながら、鍵を神山に返した。
「ディンプルキーは、一戸建てとかマンションとか、比較的新しい物件でよく使われている。だが、さすがに住所まではわからないな」
アリスに鍵を渡すと、彼女はそれをためつすがめつしていた。
「この、鍵の番号ではどうでしょう」
鍵の表面に番号が振られているのを指さして、アリスはは訊いた。
青木は即答した。
「それは鍵番号っていってな。純正キーっていうメーカー名が刻印されたもんは、そのメーカーが管理するためにそうやって番号が振られているんだ」
「であれば、住所がわかる可能性はありますか」
「残念ながら無理だ」
信号機が赤になってシビックが止まる。
「そりゃあただの製造番号でしかない。スペアキーを作るときに使うんだ。現物でわかるのは、せいぜいメーカーのサイトで、鍵の種類と照らし合わせてから、用途がやっとわかるってもんだよ」
「そうですか……わかりました」
アリスは背もたれに頭を預けた。
「まあ任せろ。おれがなんとかしてやる」
唇の端をつり上げて、青木はせせら笑った。
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