第12話

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 玄関前まできたとき、慌てて鈴江が「少し待っててくださいね」と言った。少しして彼女が戻ってきた。片手で何かを持っていた。

 見ると、それは鍵だった。鍵のほかにホルダーがくっついている。なにかのご当地キャラのようだった。

「じつは今朝、それを見つけて。娘が二月ごろに訪ねてきて置いていったことを思い出したんです。よければ持っていって」

 鈴江が差し出す。アリスが横から小突いてきた。脇の下から手袋を出してきた。すべすべした生地の手袋だった。指紋が残らないように、という配慮らしい。

 手袋をはめてそれを受け取る。鈴江は首をかしげながら見つめていた。

「ありがたいですけど、いいんですか?」

「ええ」

 鈴江は複雑そうな笑みを浮かべながら頷いた。

「ちなみにこれは?」

 鈴江は申し訳なさそうに顔を伏せる。「すみません、それがわからなくて」

 二人で礼を言った。

 今度こそ小坂邸をあとにして、前の通りを歩いていくと「あの」とアリスが声をかけてきた。おそらくあのことだろう、と思って神山は言った。

「ハル姉の友達だったんだ。俺とも仲良くさせてもらっていたよ。同い年だけど、弟みたいに年下扱いしてきた」

 アリスは小さく微笑んだ。

「可愛がってくれた、ではなく?」

「ないない」と神山は笑う。「むしろ、からかわれてばっかりで。しかもハル姉と二人になって、な」

「それを可愛がってくれたというのではないのですか」

「まあ、そうかもな」

「──だから小坂邸へ行くとき、妙に緊張した顔になっていたんですね」

「そうだなあ」

 神山は空を仰いで、唸った。

「そりゃ世話になった人の母親だしな。いつもより気を引き締めるさ」

 なるほど、とアリスはつぶやいて、会話は終わった。

 空は暮れようとしていた。夕焼けは地平線の向こうに沈んで、オレンジ色の光を放っている。暖かな風に、少し冷気が混じって吹き込んだ。その夕焼けを背に、アリスが振り向いた。

「今日はここまでにしましょう。少し、休憩していきませんか」

 それから移動したのは、近場の公園だった。両側にベンチがあり、神山たちはその左側のベンチに腰をかけた。神山はいったん席を立って、公園の外にある自動販売機でお茶を買った。アリスには紅茶だ。

 ベンチに戻ってアリスに差し出すと、きょとんと目を丸くした。が、すぐに無表情になった。あげく「ご苦労」などと可愛げのないことを口にし、紅茶を受け取った。

 再び隣に座って神山は一口飲んで、言った。

「まさか休憩しよう、だなんて言ってくるとは思わなかった」

「私だって人情はあるんですよ」

「本音は?」

「もう足がパンパンで──あ」

「そのまま素直になったほうが可愛いと思うけどな」

「誰が」

 ふん、とそっぽを向いて紅茶を飲むアリス。

 これは思春期だろうな、と思いながら、神山も緑茶に口をつけた。

「そういや小坂さんのときは、なんで首輪を使わなかったんだ」

 ずっと気になっていたことだ。

 アリスの物言いだと、あれは決して曲げられない信念のようなものに思えたのだが。

「効率重視です」

「効率悪かったろ」

「誰のせいだと」

「俺のせいだな」

「よろしい」

「でも、上手く行ったのは──」

「あなたではありません」

「ハル姉のおかげだな」

「シスコン」

「違えよ」

 ──緑茶を飲み終えるころには、もう外は真っ暗だった。夕暮れが過ぎていくのは早い。気づかぬうちに、太陽は沈んでいく。不思議な気分だった。

「明日は」

 アリスが紅茶を飲み干して、言った。

「まず二人目の岡本昭三さんの親族あるいは目撃者のもとに訪ねて、小坂さんの母親からもらったこの鍵──これが何なのか、探ってみましょう」

 そうだな、と神山は頷いた。

「それと」

「ん?」

「……首輪を使わなかったのは」

「ああ」

「その、良い飼い主というものはリードを使わずともしつけられる人なんです」

「なんだそれ」

「いえ、やはりなんでもありません」

「つか犬じゃねえよ」突っ込みが遅れた。

 アリスがくすっと笑った次の瞬間。──振り返った。怖気が走る。背中に冷たいものがこぼれたような感覚だった。自分に言い聞かせる。誰もいない。そのはずだ。俺とアリス以外には誰もいないんだ。

「なにをしているんですか?」

「いや」

 神山はかぶりを振った。

「なんでもねえ」

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