国王の料理番
エルトリア王国の国王は、月初めに行うある習慣がある。
それは「臣下からの挨拶」だ。元老院議員や政務官などのエルトリア貴族が
元々は歴代国王が侵略戦争を繰り返して征服地を広げる中で、征服地の王族等をエルトリアの貴族として従属させる事も多く、彼等の王への忠誠心を再確認するために始まったものなのだが、次第に習慣化して貴族間にも広がっていき現在の形に収まった。
広大な領地から集まる献上品の山は、小国の国家予算並みの価値になる月もあるほど。
歴代の王達は、これを懐に貯めて私腹を肥やすのだが、現国王タルキウス・レクス・エルトリウスはこれを全て国庫に納めてエルトリアの財政改善に回していた。
とはいえ、毎日夜遅くまで仕事をして寝不足がちになっているタルキウスにとって、この習慣は苦痛以外の何物でもなかったのだが、今でも律儀に守っているのだ。
「は~、やっと終わった~」
最後の訪問者が去った途端、玉座に座るタルキウスはぐったりとする。
謁見が行われたのは
現在ここにはタルキウス以外にリウィアの姿があった。少し前まで席を外していたリウィアだが、最後の訪問者が現れる前後くらいに戻り、謁見の邪魔をしないようにずっと広間の端に控えていたのだ。
「リウィア~腹減った~」
世界屈指の大国の玉座に座る者とは思えない子供らしい声。それが黄金王タルキウスの本来の姿である。
「はいはい。食堂に朝食を用意しましたから行きましょうか」
タルキウスがこの世の何よりも大切にしている最愛の女性リウィアは、役職上はタルキウスに仕える侍女だが、その言はまるで母親のようである。
リウィアが玉座の前まで進むと、タルキウスは玉座から立ち上がって両手を上にグ~と伸ばす。
「やっと朝飯だ~! ずっと腹が鳴りそうで我慢するのが大変だったよ」
この謁見は朝早くから約三時間、大勢の訪問者を捌くために休む間も無く行なわれる。
そのため朝食を取る時間は当然無く、タルキウスはずっと空腹との戦いに興じなければならなかった。
もし訪問者の前で腹が鳴ったりしたら黄金王の威厳が丸潰れだ。そうならないようタルキウスは必死になって耐えていたのだ。
「ふふふ。お疲れ様でした。でも、タルキウス様が悪いんですよ。ちゃんと早起きをして軽く食べておけば宜しいのに。ギリギリまで寝てようとするから」
「いや~中々起きられなくてさぁ。ついね」
「ですから昨日、早く寝るよう言いましたのに。お仕事を頑張るのは良いですけど、あまり無理をすると本当に身体を悪くしちゃいますよ」
「は~い」
ググゥゥゥゥ
我慢の糸が切れてタルキウスの腹の虫が鳴ってしまう。
お腹の虫は、金で装飾された広間に木霊して獣の唸り声のような音となった。
タルキウスは、咄嗟に自分の腹を両手で抱えて恥ずかしそうに頬を赤くする。
「リウィア、今の聞いた?」
「は、はい。はっきりと」
顔を真っ赤にするタルキウスが可愛らしくて仕方がない。
そう思わずにはいられないリウィアだが、それを言うと今度は機嫌を損ねてしまうに違いない。かと言って何も聞こえなかったと言うには無理があり過ぎる。
そう思ったリウィアは、タルキウスの問いに正直に答える事しかできなかった。
「うぅ。聞かなかった事にして」
「ふふふ。タルキウス様のお腹の虫なんてもうこれまでに何度も聞いてきたんですよ。今更何とも思いません。さ、早く
リウィアはタルキウスの手を引いて食堂へと向かう。
─────────────
エルトリアの上流階級の邸には、2つの食堂がある。大勢の人を招いて宴会を開く
そしてタルキウスが朝食に訪れた食堂は小さい方の
小さいと言っても、一般市民から見ればかなり広いのが普通なのだが、
本来、
エルトリア貴族の食事は、普通ならあの長椅子に寝そべって食べるものだが、タルキウスは食べ辛いと言って長椅子を全て部屋の隅へと退けていたのだ。
タルキウスは奥の椅子に座り、目の前のテーブルに並べられた料理に目をやる。
とても子供一人分とは思えない量。軽く成人男性五人分の量があるが、元々食いしん坊で食べ盛りな年頃のタルキウスにはちょうどいい量だった。
「今日も美味しそうだね、リウィア」
「はい。タルキウス様にご満足頂けるように頑張って作りましたので!」
リウィアはタルキウスが日々食べる食事の調理も一人でこなしていた。
タルキウスが政務を行なったり、私生活で使うミネルバ宮には、リウィア専用の立派な厨房が設けられており、彼女はいつもここでタルキウスの食事を用意しているのだ。
リウィアの用意してくれた朝食を前にしてタルキウスは口から涎を垂らしながらうっとりとした表情を浮かべる。
「いや~。ここまで我慢してた甲斐があったよ。ねえ、食べてもいい?」
もう待ち切れないと言わんばかりに、手が徐々に料理へと伸びる。
「どうぞ、召し上がれ」
「それじゃ、頂きまーす!」
その瞬間からタルキウスはすごい勢いで料理に手を伸ばしては口へと運んで料理を次々と平らげていく。
「ちょ、ちょっとタルキウス様、そんなに早く食べたら胃がビックリしちゃいますよ。焦らなくても誰も取ったりしませんから」
「モグモグ……だって、リウィアが作ってくれた料理がおいしいんだもん」
「そ、それは、ありがとう御座います」
料理を褒められてリウィアは素直に嬉しいと思うが、だからと言ってタルキウスの早食いをこのまま放置するわけにもいかない。
「ですが、ちゃんとゆっくり食べないとお身体にもよくありませんよ。私の料理のせいでタルキウス様が健康を損ねるような事になったら私、嫌ですよ」
「……分かった。ごめん」
一旦手を止めて、今度は普通のペースで食事を始める。
タルキウスのすぐに立って、彼の食べっぷりを間近で眺めているリウィアは、彼の幸せそうな顔を見る度に自分まで幸せな気分になるのを感じた。
やがてタルキウスが朝から軽く五人分の食事を平らげた頃、リウィアがタルキウスの前に一個の大きなコップを置いた。中には本能的に命の危険を感じさせる程の恐ろしい色合いの液体が入っていた。
以前であれば、食べ物が無ければその辺の雑草でも平気で食べようとしていたタルキウスでも流石に手に取る事に戸惑うほどだ。
「あ、あのさ、リウィア。これ何?」
「お忙しいタルキウス様のために作った特製フルーツミルクです!」
「み、ミルク? これミルクなの?」
まさかの名前を耳にしてタルキウスは目の前の液体を凝視する。
「はい。ベースはタルキウス様が大好きなミルクで作りました」
「へ、へえ」
「ちょこっとだけ見た目は悪いですけど、でもお身体にはすごい良いと思いますから」
「ちょこっと、だけ……」
タルキウスは恐る恐るコップを手に取って鼻に近付けて臭いを嗅ぐ。
言われてみれば僅かにミルクの臭いもするなと思うが、いくら好きなミルクの臭いがしても他の臭いと強烈な見た目が邪魔をして、まったく食欲がそそられなかった。
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