世界最強の魔導師にして歴代最年少の少年王は聖女を溺愛してる~短編集~

ケントゥリオン

風邪

季節は冬となり、雪も軽く積もって、寒さが厳しくなり出した頃。

黄金大宮殿ドムス・アウレアにいるタルキウスは、連日の国王としての激務と、その数少ない合間も訓練に費やしてきた事が祟ってか、体調を崩して寝込んでいた。

今朝、必死の思いでリウィアが起こしたタルキウスは、妙に元気が無かった。いつものタルキウスであれば一度起きてしまえばすぐに「腹減った~」と言い出すというのに、今日のタルキウスはずっと静かなままだった。そこを妙に感じたリウィアが、彼の額に手を当ててみると、明らかに体温が高い事に気付いたというわけだ。


「タルキウス様、お加減はどうですか?」


寝室の大きなベッドで横になっているタルキウスの顔を、心配そうな表情を浮かべているリウィアが覗き込む。


「……腹減った」

顔が赤く、気怠そうな表情をするタルキウスが答える。


「もう、こんな時でもお腹だけは元気なんですね。ですが、胃に優しいものだけにして下さいよ」


「えー。俺、もう元気になったよ」


「へえ。そうなんですか。ではちょっと失礼します」

そう言ってリウィアはタルキウスに顔を近付け、自分の額とタルキウスの額をピタリとくっ付ける。


「……」

リウィアの顔が自分に近付き、お互いの肌が触れ合う。その事でタルキウスの顔はより赤くなる。


「んん。やっぱり全然治っていませんね。今日は一日、絶対安静ですよ」


「で、でも、それじゃあ仕事が、」

国王の仕事は、タルキウスの体調に関係なく増えていく。いくら風邪を引いたと言っても、休むわけにはいかない。


「お仕事はもうマエケナスさんに代行を頼んでありますよ。ちゃんと、陛下は急用でローマを離れる事になったからと伝えてあるので、ここで寝込んでいる事も悟られません」


「いいや。マエケナスだったら、俺が宮殿を出入りした形跡が無いとか言って、すぐに嘘だって気付くと思うぞ」


「とにかく! 今日は絶対に安静にして下さいね!!」

強めの口調で言うリウィア。

その迫力には思わずタルキウスも圧倒されてしまう。

「う、うん。分かったよ。……それにしても、俺ってこんなに身体弱かったんだなぁ」

急に気弱な事を言い出すタルキウス。

しかしその発言に、リウィアは失礼とは思いつつもクスリと笑ってしまう。

「大雪の中でもほぼ素っ裸で激しい修練を積んでいるタルキウス様が言っても、まったく説得力がありませんよ。今回のタルキウス様の風邪の原因はシンプルです。働き過ぎによる過労です」


「は、働き過ぎって、そんな事ないと思うけど」


「そんな事あります!」


「うぅ」

咄嗟に顔の半分を布団の中へと引っ込める。その姿はまるで猛獣に怯える小動物のようである。もはや黄金王の威厳は微塵も感じられない。


「ふふ。それはそれとして。お腹が空いたんでしたね。では、何か持ってきますから、少し待っていて下さい」


「あ! 待ってリウィア!」

タルキウスの傍から離れようとしたリウィアを、タルキウスは咄嗟に布団の中から腕を伸ばして彼女の腕を掴む。


「ど、どうされたんですか?」


「その、やっぱり、傍にいてほしいな」

甘えん坊なのはいつもの事だが、風邪のためかいつもと違って弱々しく、心細そうであった。

リウィアはそんなタルキウスを安心させようとするかのように明るい笑みを浮かべる。

「ふふ。はい、分かりました。その代わり、今日は一日安静にして下さいよ」


「うん!」

タルキウスは嬉しそうに返事をする。


そんな彼の顔を見るとリウィアも嬉しそうに、タルキウスの手を優しく握り、ベッドの横の椅子に座る。

「タルキウス様、これからはもっと健康に気を付けた生活を心掛けて下さいね」


「ん~。別に平気だと思ったんだけどな~」


「タルキウス様の見立ては甘過ぎるんです。タルキウス様は確かにお強いですが、だからと言って限界が無いというわけではないんですからね。これからは私がもっとしっかりして、タルキウス様の健康管理を万全にしていきますから」


「え?だ、大丈夫だよ! 自分の面倒くらい自分でみれるって!」


「朝一人で起きる事もできないお人が何を言ってるんですか。これまではタルキウス様のご意思を尊重してきましたが、こうなった以上はもう仕方ありません。これからは、お仕事も修練も時間を削って、休息の時間を増やさせてもらいますので」


「そ、それは困るよ!」


「問答無用です! 良いですね!」


「うぅ、はいぃ」

渋々承諾するタルキウス。

彼はリウィアに強く出られると、頭が一切上がらなくなるのだ。

尤もここでタルキウスが猛抗議に出ればリウィアは簡単に折れるのだが。彼女自身は国王としての重責をこなすタルキウスの身を心から案じている。だからこそ、日々頑張る彼の望みは極力敵えて叶えてあげたいし、彼の意思は極力尊重したいと思っていた。

しかし、この状況でタルキウスがリウィアに抗議をする事はほとんどない。タルキウスもタルキウスで、普段は温厚なリウィアが自分の身を心配して心を鬼して言ってくれているという事をよく理解している。タルキウスはそんな彼女の思いと行為が嬉しくて仕方がないのだ。


「さあ、タルキウス様、そろそろお休みになって下さい」


「う、うん。でもリウィア、朝からずっと寝てたんだから、もう流石に眠くないよ」


「眠くなくても寝て下さい。たまにはたっぷり休息を取る事も大事なんです」


「んん~。でも、眠くないんだよなぁ」

そう言いつつも、瞼を閉じて寝る準備をしっかりと整えるタルキウス。




タルキウスが目を閉じて静かになってから、数分も経たない内に規則正しい寝息を立て出した。

そんな彼を見て、リウィアは思わず笑ってしまう。

「タルキウス様ったら、さっきまでは眠くないって仰ってたのに。やっぱり疲れが溜まってるんですね。今日はゆっくりお休み下さい」

右手は今もタルキウスの手を握り、リウィアは空いている左手でタルキウスの頭を優しい手つきで撫でる。

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