君とは分かり合えない
藍ねず
君とは分かり合えない
人間はゴミを作る生き物だ。
何かとつけてはゴミを捨て、無意識の内にゴミを生み、気づけばゴミの山を築いてる。
誰も彼もが同じようにゴミを作る中、ある日おかしな集団が現れた。
「我々がゴミを処分しますよ」
仰々しい燕尾服を着て、清潔な白い手袋に、磨かれた革靴。毛屑の一つも着いていないスマートな体だが、頭の異常さで見た者全員がひっくり返る異形の奴ら。
人は見た目が九割などと言うが、見た目というよりも顔が九割なのではないかと思えるその日の衝撃。
現れたのは、頭がゴミ箱で出来た集団だった。
「私達、ゴミが大好物なんです」
政府はゴミ箱の異形と対面した日を「異種対面記念日」などと名付けて祝日とした。
***
ゴミ箱とはゴミを捨てる箱である。家に学校、会社、公園、病院から飲食店、パソコンのデスクトップにまで置かれた不用品の行きつく場所。それがゴミ箱だ。
取り敢えずゴミだと思えるものはゴミ箱に放り込めばいい。ゴミの日が近づいたら家中のゴミ箱からゴミを集めて袋に括り、ゴミ捨て場に置いたら収集員さんにお任せだ。お任せだった。今では別の方法が八割を占め、収集員さん達の仕事量は激減したのだとか。
別の方法、それすなわち、「呼ぼう! ゴミ箱さん!」
サイトやチラシにある電話番号に連絡すれば五分以内にゴミ箱の異形がやってきて、ゴミを回収してくれるサービスだ。そろそろ「ゴミ回収の日」がレアになるのではないかと世間では囁かれている。収集員さんも転職サイトを活用しないといけない日々だろう。社会の変化とは悲しきかな。
話は逸れるが、このくそダサい宣伝文句をつけた奴は誰なんだろう。私はそいつの精神を疑っているのだが、みんなツッコまないんだよな。なんだよ「呼ぼう! ゴミ箱さん!」って。ダサすぎないか? 異形達もそれでいいのかって、奴らはゴミが食べられたらそれでいいのか。そうか。
「このネーミングセンス、ダサすぎるよね」
「またそれ言ってんの?」
私は廊下の掲示板に貼られたチラシを指さし、同じゴミ捨て当番の友人に後頭部を叩かれた。小学校から一緒の彼女は容赦がない。痛いなぁ……。
「つけた人も動揺してたんでしょ。変な事が始まったって」
「それにしてもダサい」
「はいはい、そだね~」
友人に催促されて歩き出す。私はクラスのゴミ袋を適当に揺らし、友人はペットボトルの入ったゴミ箱を抱えていた。
学校からゴミ捨て場が無くなった昨今、いるのはゴミ箱頭の異形である。
かつてゴミ捨て場だった所に立っているゴミ箱頭の異形達。長方形で蓋つきの奴もいれば、蓋なしの奴もいたり。青くて丸い業務用サイズの奴がいれば、ペットボトルなど専用の奴もいる。業務用サイズの奴は大食いで、専用の奴は偏食らしい。
「こんにちは。ゴミ下さい」
「お願いしまーす」
私は教室のゴミ袋を抱え、頭を下げた灰色長方形のゴミ箱に投入する。腰を九十度に折っていた異形はゴミ袋を呑むと、すぐに背筋を正してバタンッと蓋を閉めた。コイツは蓋が片側だけ開くタイプで、何でも食べるゴミ箱だ。
咀嚼や嚥下の動作は一切なく、ゴミを入れたら丸呑みにして終わり。首はなくてゴミ箱がそのまま胴体の上にくっついているような奴らだ。その細い体のどこにゴミが収集されたのか、とか、なんで燕尾服着てるんだ、とか聞くのはやめておこう。真相を知ると怖い事ってあるよね。
こいつらは、何処からともなく現れて「ゴミを食べます」という言葉で社会に溶け込んだ異形。
私は少しだけ目を
「まだゴミがありますか?」
「いや、ないです」
***
猫背になりながら帰宅すると、絶賛「呼ぼう! ゴミ箱さん!」を利用している母がいた。
私の背中はより丸まり、肩に鉛が乗った気分になる。歩き方は自然と足音を立てないものになった。舌の根は渇いていくし、無意識に手汗をスカートで拭ってしまう。
リビングにいる母はグレーのパンツスーツ姿で、鞄は机に置かれていた。仕事帰りなのは一目瞭然だ。解けないようにきつく結われた黒髪が彼女らしい。母は家より会社にいる時間の方が長かったりするが、そんな人でも帰宅することは勿論ある。
しかしそのタイミングは、いつも悪い。
私は扉の影からリビングに視線を巡らせた。ソファには青い顔の父が腰かけており、母は満面の笑みを浮かべている。
眉間の奥に痛みを覚えた私は、ふと視線の動いた母と目が合った。彼女はやはり、屈託なく笑っている。
「あ、おかえり。今ちょうどゴミ箱さんに来てもらってたんだ」
母の前に立っているのは、学校にいた灰色長方形のゴミ箱だ。声的に彼と呼べる異形はこの地区の担当なのだろう。母がサービスを使う度にやってくるので、見知ってしまったゴミ箱である。
異形は現在進行形で依頼をこなしていた。開いた蓋をガコガコと揺らし、
「お父さんね、また夜のお店に入り浸ってたんだよ。それはまぁ良いかなぁって思ってたんだけど、家に連れてくるのは駄目だよ。ほんと、嫌だよねぇ」
母はまるで私に話しかけているようだが、喋り方は独り言のそれだ。血の付いたゴム手袋や雑巾を異形の口に投げ入れる姿は、鳥肌しか覚えない。父は何も言わずに外を見ており、細面の顔に脂汗が浮いていた。
私は母の言葉に返事が出来ず、ゴミ箱の蓋はバタンッと閉じた。
「ご利用ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
笑った母に見送られ、ゴミ箱は私の横を通っていく。恭しくお辞儀をしながら出て行った異形は、静かに玄関の戸を閉めた。
「ちょっと外に行っててくれる? お母さん、お父さんと話がしたいから」
「……はーい」
笑う母の指はついさっき閉まった玄関を示す。疑問形の言葉に「NO」と言わせる空気はなく、私は爪先の向きを変えた。
脱いだばかりのローファーを履き直す。
リビングからは優しい母の声がする。
相反するように、父の震える声もする。
口を結んだ私は、玄関の扉をバタンと閉めた。
胸を張って空気を吸い、背中を丸めて息を吐く。
家の外では、血の香りなんてしなかった。
――ゴミ箱の異形が現れてから、殺人事件が減ったのだと世間は報道している。
同時に、行方不明者が増加しているとも報道している。
みんなきっと気づいてる。何が起こっているのか。みんなが何をしているのか。
家族の死体をゴミ箱に食べさせた事件があった。それは人権侵害だと罵られ、埋葬すべきだと社会は糾弾したが、葬儀をする金も墓を維持する労力もないのだと家族は訴えた。
大量の食品廃棄物を無断でゴミ箱に入れた事件があった。それは今の時代に即していない、再利用をしろと社会は糾弾したが、ならば誰か使ってくれるのかという訴えに返事はなかった。
遺族が殺人犯を殺してゴミ箱に放り込んだ事件があった。それでは法の意味がないと声が上がり、きちんと裁判にかけるべきだったと社会は糾弾したが、ならば自分達も捨ててくれという遺族の姿に同情が集まった。
これら多くの異形事件で供述したゴミ箱達は、一様に同じ言葉を言ったのだとか。
『ゴミだと言われたので』
人間はゴミを作る。ゴミだと名付けた何かを作る。自分にとって「これはゴミだ」とラベルを貼ったら最後、ゴミ箱に入れてしまう。それがどれだけ重くても、見えなくなれば終わりなのだと錯覚して。
ほんとにそれはゴミですか。
ほんとにそれはいらないのですか。
ほんとにそれを、捨ててしまって良かったんですか。
なんて、心が摩耗した人には届かない。
「あ、ゴミ回収お願いしまーす」
流行りの終わったドリンクを片手に街を歩いていると、色んな所からサービス利用の声がする。私と同じ高校生も、疲れて天を仰ぐ社会人も、みんなゴミを捨てたがる。
母はゴミ箱サービスのヘビーユーザーだ。父が持って帰る名刺や匂いを捨てたがり、一緒に会話も捨てている気がする。
ねぇ母さん、知っていますか。貴方が毎朝つくるお弁当、父さんは「呼ぼう! ゴミ箱さん!」で捨ててるんですよ。中身だけ、丁寧に。
登校中、たまたま見かけてしまった私の気持ち、分かりますか。
母さん、父さんの箸が使われてないって気づいてますよね。
父さん、母さんが気づいていることにも気づいてないんですか。
ちゃんと二人で、会話してください。
母は父が好きなんだ。好きだから結婚したんだ。私を授かったから、父は結婚したんだろうけど。
知ってるよ。母が嬉しそうに見せてくれたウエディングドレスの写真。お腹の膨らんだ母の隣で、父は笑っていなかった。リビングでしていたように、気まずそうに目線を逸らしていたんだから。
それでもさ、私が育った十七年が嘘になるわけでもないじゃん。母さんは母さんだし、父さんは父さんなわけで、私は一人娘なわけじゃん。
二人の姿を見ている私は、何も捨てたくないんだよ。たとえ私に発言権がなくたって、二人の間に割り込む権利がなくたって、二人のことを見てるからさ。
私はストローを噛み潰し、動かず喋らず、お辞儀もしない、普通のゴミ箱に空になった容器を捨てた。
あ、明日、国語の小テストだった。なんだっけ、先生が絶対出すって言ってた問題。
「……あぁ、
***
会話が下手な人達は人間関係まで捨ててしまうのだろうか。ちょっとすれ違って、ちょっとこんがらがって、ちょっと切れちゃったくらいで、捨ててしまうのだろうか。
小テストを終えて、これはきっと満点だと意気揚々と帰宅したのが数分前の私。
いつも通りリビングに入り、肩から鞄を落としたのが今の私。
全くもって、数秒で人の気持ちを直角降下させられるんだから、人間とは勝手である。
「……何事」
泥棒でも入ったように荒れた室内に茫然とする。よく状況処理が出来ないまま視線を右往左往させ、机上の破られた紙がなんとか目に入った。
「いや、ちが、ちょ、部屋、へや、」
動転したままの私は、紙を無視して自室に走った。私の部屋は荒れていなかったが、机に置かれた母のクレジットカードが気になる所だ。忘れるにしてもおかしいだろ。
一人苛立ちながら家中をくまなく歩いて、分かった。荒れているのは両親の寝室とリビングだけだ。
動悸のせいで呼吸が浅くなっている私は、軽く眩暈を覚えながらリビングに戻る。気になっていたのは、やはり破られた紙だ。
私は紙の皺を伸ばし、無残な破片を集めて、左上に書かれている文字を読む。
〈離婚届〉
いやいやおいおいちょっと待て。
ぐしゃぐしゃに破られた紙が離婚届とか笑えない。しかも、既に、父の欄は記入済みだ。床に何か転がっていると思えば、これまた父の結婚指輪ではないか。
指輪を拾って離婚届の上に置いた私は、机に殴り書きがされてあることにも気がついた。黒マジックで、でかでかと。
〈お父さんを見つけるまで帰りません〉
それは荒れた母の筆跡である。察するに、帰宅したら離婚届と指輪が置いてあったんだろう。あぁ、だから、思うんだ。母はいつも帰るタイミングが悪いのだと。
私は取り敢えず両親それぞれに電話をかけてみたが、どちらも応答はなかった。
いや、お前ら……お前ら、さぁ。
「……私は?」
沸々と沸いた感情が零れていく。唇の端から、溢れてしまう。
勝手にすれ違って、勝手にこんがらがって、勝手に切れちゃったくらいで、捨てるのは私なのか。
私に残すのは、皺だらけの離婚届と、外された結婚指輪と、感情剥き出しの書き置きと、クレジットカード。
一つのサイトを開いた私は、迷いなく電話した。
「ゴミ、回収してください」
初めて電話した向こうからは「かしこまりました」という機械的な音声だけが流れた。こちらの住所も名前も告げていないのに、チャイムが鳴るのだから怖いよな。みんなこんなサービスを普通に使うなんて、情緒壊れてんじゃねぇだろうか。自分の事は棚上げである。
「ゴミ下さい」
そう言ってやって来たのは灰色長方形のゴミ箱。私はリビングに異形を引っ張っていき、ぐしゃぐしゃの紙くずと、汚い指輪と、落書きのある机を捨てた。開いた蓋の奥に力の限り投げ入れた。
異形は何の問題もなくゴミを吸い込んでいき、サイズ感は無視なのだと知る。吞んでくれるならどうでもいいけど。
私がゴミを捨て終わると、異形はバタンッと蓋を閉じた。
「ご利用ありがとうございました」
正しい姿勢で異形は帰っていき、私は閉じた玄関を見つめる。捨てられなかった、一枚のクレジットカードを握り締めたまま。
――さて!
母と父に放り出された私は、それでも普通に学校へ通った。
まだ二年生の期間は半分ほど残っているし、これから文化祭などがあるのだ。楽しまなくてどうするよ。青春を奪われる気なんてサラサラないのだはっはっは。
などと言うのは嘘である。
心ここにあらずである。なんなら荒んでいるので遅刻欠席が増えて先生に叱られているのである。
「まったく、急にどうしたんだ?」
「……なんでもないです。ごめんなさい」
私は家のことを先生にも友人にも言えなかった。ことを大きくしたくなかった。大きくした瞬間に両親が帰ってくる気がした。それはそれで居た堪れないというか、なんというか。
そう、帰ってくると、私は思っているのだ。
勝手に置き去りにされて、勝手に独りぼっちにされてもなお、帰ってくると思っているのだ。
クレジットカードの暗証番号を教えずに行った母が。
仕事着や趣味の道具を残してまで出て行った父が。
帰ってくると、私は思ってしまっている。
使えないお金を握らされ、興味もない抜け殻を残された家の中で、待ってしまうのだ。
バイトで貯めたお金を少しずつ使って、最低限のご飯だけ食べて。帰ったらいるかもしれない、起きたらいるかもしれない、連絡が来るかもしれない、なんて。
「……馬鹿がよぉ」
夕暮れの屋上で呟いた。下瞼から零れるのは、沸々とした感情が凝縮されたもの。熱くて透明な涙がここ数日、事あるごとに流れている。友人に気づかれた時は素っ頓狂な声を上げられたな。笑って逃げたから見なかったことにしてくれ。
脱力して、通話を終えたスマホの画面を暗くする。二回目のサービス希望だ。くそったれ。
屋上の扉が背後で開く。振り返ると、よく見る灰色長方形のゴミ箱が立っていた。
皺ひとつない燕尾服に、よく磨かれた革靴。白い手袋は恭しく胸に当てられて、私の前に歩み寄る。
「ゴミ下さい」
「私です」
灰色の蓋が開いて、閉じる。少しだけ体を傾けた彼は、私の言葉を理解しなかったらしい。
だからちゃんと、言葉にしてやろう。仕方がない。涙が止まらなくて、しょうがない。
「私が、ゴミです」
スマホを握り締めて笑ってやる。異形に目があるのかは知らないが、こういう時は笑った方が楽な気がした。気がしただけで、ぜんぜん楽ではなかったんだけど。畜生。
「貴方が?」
「私が」
ゴミ箱は観察するように私を持ち上げる。腕の下に両手を入れられ、小さい子のように、宙ぶらりん。目の前で開いた灰色の蓋の奥は、何の光もない黒だけが広がっている。
一瞬だけ怖いと思ったが、瞬きすればどうでもよくなった。母のクレジットカードを捨てれば直ぐに闇に飲み込まれ、底に着いた音もしない。
「今のはゴミでしたね」
「ゴミでしたよ」
「でも、貴方はゴミではないでしょう」
バタンッと異形が蓋を閉じる。浮いたままの私は目を見開き、沸々と感情が煮え立った。
「ゴミです。そこ、入れて下さい」
「無理ですよ。誰が貴方をゴミだと言ったのか」
「私が、私がそうだって、言ってます」
「違いますって」
「違う訳、ないってッ!!」
熱くなった血のせいで、震えた腕が灰色のゴミ箱を殴る。「あ、痛っ」という声と一緒に蓋が弾んだので、私はそこに両手指を引っかけた。
無理やり蓋をこじ開ける。無理にでも入り込もうと息が上がる。
私を下ろすかどうか迷ったらしい異形は、諦めたように肩を落としていた。
「分かりました。貴方がそう思うなら、捨てましょう」
子どもに言い聞かせるように、灰色の蓋が大きく開く。
私の頭は闇に突っ込まれ、体が逆さまになっていった。
黒い世界に涙が落ちる。手から滑ったスマホが落ちる。
あぁ、早く捨ててくれ。捨てられた私なんて見たくない、知りたくない。
だって、誰も、いらないから、捨てて行ったんだろ。
不要だから、置いていったんだろ。
ならば回収されなきゃ、雨ざらしになって腐るだけだ。
そんなの絶対、御免だね。
涙が止まらない体が異形に離される。
闇に吸い込まれようと目を閉じた私は、足首を捕まれた感覚に息を呑んだ。
「な、に、してんのぉ!?」
友人の声がしたと同時に左の上履きが脱げる。
私は完全に黒い世界に放り出され、落ちているのかも分からない。暑さ寒さもなくなって、思考が緩やかに、散漫になる。
背後にあった四角い光は閉じていた。あぁ、よかった、よかった、よかったな。
これでもう、私はちゃんと捨てられたんだ。捨てられてないかもって疑わなくていい。捨てられたんだって、区切りがついた。
ボロボロに泣きながら笑う。笑い声は闇に吸い込まれたので、自分が本当に声を発したかどうかは分からない。左の上履きだけ脱げた不格好な姿で、どこに行きつくかも知らないまま、私はゆっくり目を閉じた。
最後に聞いたのが友人の声だなんて、素敵じゃないか。
なんて、思っていたのに。
数秒すると光が射して、私の体が空気に引っ張られる。背中を押されて回されて、上下があやふやになる勢いで四角い口から吐き出された。
「おえ、」
「いっ!」
「うわっ!!」
上下左右が分からないとか、周囲が眩し過ぎるとか、腰を打った気がするとか、色々感覚がおかしくなっている。何度も何度も瞬きした時、何度も何度も頭を叩かれていたと気が付いた。
ぐるぐる回っていた目が焦点を合わせる。私を叩いているのは、顔を真っ赤にして泣く友人だった。彼女は私の上履きを握り締め、大粒の涙を零している。
「馬鹿、馬鹿、ばぁぁぁぁか!! なぁにやってんだぁ、お前はぁ!!」
「ぁ、あぁ……」
勝手に唇が震えてる。止まらなかった涙が耳に入って凄く不快だ。友人に叩かれる頭は痛いし、打った腰もやっぱり痛い。
胸倉を掴まれた私は、泣きじゃくる友人に抱き締められた。
痛く、きつく、抱き締められて、言葉になってない怒りを聞く。
その声がする度に私の煮立っていた感情が消火されるから、やっぱりまだまだ、泣いちゃうんだ。
「自殺か!? 新手の自殺かふざけんな!!」
「だって、だってさぁ、」
「だっては三才まで!!」
「聞けよぉ、」
「今は、聞かん!!」
また、頭を叩かれて涙が弾ける。喉が震えて言葉にならない。私が流している涙は、いったい何の涙だろう。
分からなくて、訳が分からなくて泣いている。友人に縋り付いて泣いている。
そんな私達の隣で、ゴミ箱の異形は噎せこんでいた。
「あぁ、不味い、不味いですね。とても不味い。こんなのゴミとは言えません」
大きく噎せた彼の両手が、吐き出した物を受け止める。それは私のスマホであり、異形は勝手に操作した。パスワード解除できたのか、なんて、そんなのこの際どうでもいい。
「あぁ、やっぱり。ゴミではないのが混ざってる。こういうの、ちゃんと分別してもらわないと」
見せられたのは、私と友人が映った夏祭りの写真。二人で買い物に行った時の写真。揃えて買ったアクセサリーの写真。写真、写真、写真。
滲んだ私の視界でも、はっきり分かる思い出が、ゴミに分類される筈もなく。
嗚咽を零した私は、異形からスマホを受け取った。
***
「お父さん、近くのビジネスホテルで見つかったんだって?」
「うん。母さんに知らせたら大変そうだからって、いま親戚で会議中」
「あんたも大変だねぇ」
「大変だよ、ほんと」
あれから私は母方の祖父母の家に引き取られた。泣く泣く友人と先生に助けを求め、ちょっと色々大事になったのだ。「早く相談してくれればいいのに」なんて、相談できなかった私の心情も汲んでくれ。などと言うのは我儘か。
祖父母宅が近隣だった為、転校せずに済んでいるのは幸運である。転校は今の心境的にだいぶ無理。
最近は、父さんが見つかったとか母さんが会社を欠勤していたとか、なんだかんだと親族が話している。色々言っているようだが、「娘に聞かせることじゃない」と私を閉め出すのは満場一致らしい。ふざけやがって。
食堂の前で友人とアイスを頬張る私は、これからはアイスが似合わない時期になるなと空を見上げた。まだ美味しいから気にしないけど。
「今日も泊まってく?」
「いいの?」
「いいよ。知らないうちにゴミ箱入られるより、断然マシ」
先にアイスを食べ終わった友人が、歯を見せて笑っている。屈託のない笑みに私もつられてしまい、二人して声が出た。ちゃんと聞こえる、笑い声だ。
「おや、」
「あ、ゴミ箱さんだ」
「ゴミ下さい」
「はいはい」
通りかかったのは灰色長方形のゴミ箱。私達は蓋を開けた異形の口にアイスのゴミを入れた。昼休みにはゴミがたくさん出るからと、最近ゴミ箱巡回が始まったらしい。
私は歩いて行く灰色の異形の背を見つめ、ちょっとだけ追いかけた。
「ねぇ」
「ゴミですか?」
「質問です」
「はい、どうぞ」
「……私が死体だったら、捨ててくれました?」
色んな声が聞こえる昼休み、異形に対して問いかける。友人が心配している視線を背中に受けながら、下手に笑って答えを求める。
ゴミ箱の異形は蓋を何度か開閉させると、不思議そうに体を傾けた。
「捨てましたよ。人間は死ぬと、燃やして埋めますよね。ゴミも、燃やして埋めますよね。だから我々の業界では一緒だと判断しています」
あぁ、
やっぱりコイツ、化け物だ。
人間じゃねぇ。
心も考えも私達と違うし、きっといつまでも、相容れない。死なばゴミだと言うならば、お前の心は私達とは違う場所にあるんだろう。その、暗くて黒い奥底に沈んでいるんだろう。
そんな異形に頼ったサービスを続ける社会は、いつかきっと壊れるんだろうな。
目を眇めた私は口角を上げ、異形はバタンッと蓋を閉じる。
この勢いなら、ゴミ箱葬なる事業も始まるのではなかろうか。
――――――――――――――――――――
ゴミ箱はいつまでもゴミを求めているでしょう。
あれもゴミだ、これもゴミだと言う人々に近づいて。
少女はきっと、この先も目を眇めているのでしょう。異形に託す人々を、人々に溶け込んだ異形を。
分かり合えない彼女達を見つけて下さってありがとうございました。
藍ねず
君とは分かり合えない 藍ねず @oreta-sin
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